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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2013年08月13日

自分で自分の首を絞める南朝鮮 ~ 会い言葉は「最後に泣きつくな!」

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 西村眞悟氏の「眞悟の時事通信」を読んでいたら、面白い表現が書かれていた。二十世紀初頭の西洋人の言葉である。

ロシア人は、条約は破るために締結するものだと思っている。
そして、中国人は、そもそも条約は守るものだとは思っていない。

 誠に言い得て妙である。笑点だったら、一気に座布団10枚だ。

 仮の話だが、二十世紀初頭に、今の南朝鮮がプレゼンスを示すことのできる国であったなら、こう付け加えられただろう。

ロシア人は、条約は破るために締結するものだと思っている。
そして、中国人は、そもそも条約は守るものだとは思っていない。
そして、南朝鮮人は、条約はごねるために締結するものだと思っている。


 兎に角、この民族と条約など締結してしまうと、後々までゴネられるからたまったものではない。国家間の条約は国内法に優越するという世界の常識まで覆してしまうのだが、留学生が非常に多く、世界の常識に触れる機会が多い割には、その非常識に対する批判が不思議と出てこない。海外に出ても自国を客観視できないのなら、この民族はどこに居たって井の中の蛙ということである。

 日本で言う終戦の日は、朝鮮では光復節と呼ばれる解放記念日だが、日本の新聞同様、半島でもメディアの論評が先鋭化する時期だ。彼らが決まって取り上げるのは、日本の政治家、ことに首相や閣僚の靖國神社参拝だ。ご多聞に漏れず、中央日報が社説で先制攻撃を放つのだが、これがまた理解に苦しむ駄文である。

安倍内閣、8・15に靖国参拝しないことを (中央日報 2013年8月12日社説)

 日本の安倍晋三内閣の一部の閣僚が、太平洋戦争の終戦記念日である15日に靖国神社を参拝する模様だ。すでに参拝の意思を明らかにした稲田朋美行政改革相と新藤義孝総務相に続き、古屋圭司拉致問題担当相も参拝の可能性を示唆したという。安倍首相は「閣僚が個人として靖国神社を参拝するかどうかは心の問題であり自由だ」と話しているが、卑怯で無責任な詭弁だ。現職閣僚の靖国参拝が持つ意味と波紋を考慮すれば、内閣を統轄する首相として他人事のように言い逃れるような話にはならない。

 いくら宗教色を重ねて覆っても、靖国が日本の軍国主義の象徴だという事実は変わらない。神風“自殺”特攻隊員は「靖国で会おう」という言葉を残して戦闘機に乗った。しかも靖国には、太平洋戦争のA級戦犯14人が合祀されている。軍国主義的侵略の被害者に少しでも配慮する心を持っているならば、8月15日に合わせたように靖国を参拝するような挑発的行動はできないはずだ。靖国を訪れる代わりに、誤った過去を反省して謝罪する声明を発表することが安倍内閣の正しい選択だ。

 日本の良識ある市民が、なぜ先週末に東京都内で靖国参拝に反対するろうそくデモを行ったのか、安倍首相はよく考えてみなければならない。どうしてデモ参加者の口から「(靖国)戦死を祝賀する価値観を持つようにしてから戦争で死ねる人間をつくり出す思想的な装置」だという批判が出てくるのか、反すうしてみなければならない。平和憲法の解釈を変える見せかけの形で集団的自衛権を行使しようとする意図が、閣僚の靖国神社参拝を放置する安倍首相自身の下心と一脈相通じるものではないのか、自問してみなければならない。

 安倍首相自身は終戦記念日に靖国神社を参拝する計画がないとしても、それだけでは不十分だ。閣僚も参拝できないようにしなければならない。それが歴史と周辺国との関係を考える最小限の良識ある行動だ。安倍首相の賢明な判断を促す。


 朝鮮紙に付き合ってい暇が会ったら他のことをしたほうが有益なのだが、売られたケンカだから買ってみよう。

安倍首相は「閣僚が個人として靖国神社を参拝するかどうかは心の問題であり自由だ」と話しているが、卑怯で無責任な詭弁だ。現職閣僚の靖国参拝が持つ意味と波紋を考慮すれば、内閣を統轄する首相として他人事のように言い逃れるような話にはならない。

 日本は自由と民主主義の国である。恐らく、南朝鮮も自国では同じ定義を標榜しているのだろうが、彼らには心の自由がないのか。「靖国参拝が持つ意味と波紋」を共有しているのは、世界でも支那と南朝鮮二国である。(この際、北朝鮮は外す)身勝手も甚だしい。

靖国が日本の軍国主義の象徴だという事実は変わらない。

 これも二国特有の価値観である。価値観の押し付けもいい加減にしてもらいたい。

軍国主義的侵略の被害者に少しでも配慮する心を持っているならば・・・(中略)・・・靖国を訪れる代わりに、誤った過去を反省して謝罪する声明を発表することが安倍内閣の正しい選択だ。

 本音が出た。要するに彼等は「日本は常に謝っていろ」と言いたいのである。他国の政府に「正しい選択」を求めるのは、立派な内政干渉だ。もっとも、彼らには「内政干渉」などという概念そのものがないのだろうが。

日本の良識ある市民が、なぜ先週末に東京都内で靖国参拝に反対するろうそくデモを行ったのか

 一部の市民団体が行ったデモを、世論のように針小棒大に言うのは、明らかにミスリードだ。日本のサヨクは朝鮮紙の見方なのだろうが、この市民団体が日本人の共感を得ているとは考えられない。

平和憲法の解釈を変える見せかけの形で集団的自衛権を行使しようとする意図が、閣僚の靖国神社参拝を放置する安倍首相自身の下心と一脈相通じるものではないのか

 全てのことを「右傾化」とか「軍国主義の復活」などと結び付ける、朝鮮紙の常套手段である。論評に値しない。

安倍首相の賢明な判断を促す。

 他国の首相に「促す」と指示同然の言葉を使う傲慢さ。何とかならないのか、このメンタリティは。嗚呼、疲れる。

 政治と結託している南朝鮮の司法は、戦時徴用とい濡れ衣で、新日鉄住金と三菱重工に賠償を命じた。言うまでもなく、これは日韓基本条約の理念に反するものだが、彼等にとって、条約とはゴネるための道具なのだから、何が起こっても不思議ではない。非常識が常識を凌駕する国なのだ。

 自国民の欲求を満たそうと、恣意的な判決を繰り返す南朝鮮司法だが、これは諸刃の剣である。このような判決を見た日本の企業は、もうこの国に投資しようという意欲をもたなくなるだろう。何が起こるか分からないリスクがある市場とは、企業にとっては最悪の投資先である。そういう面で、質的には支那マーケットと同じなのだ。この国の亜洲経済という新聞が、9日、外資系金融機関が続々と韓国市場を撤退していると報じたばかりである。嫌がらせ判決ばかりを並べ、日本企業にそっぽを向かれてしまえば、泣くのは朝鮮経済のほうだろう。もっとも、そういう現実を自覚できる客観性があればの話だが。

 もう、「何でもいいから好きなようにやれ」と言いたくなる心境だ。ただ、好きなようにやっても良いが、ひとつだけ前提がある。今までのように、最後に日本に泣きつくのは止めてくれということだ。面倒は、宗主国の支那に見てもらえばいいし、それまで自国の恥を思い切り世界に晒せば良い。


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