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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2013年04月09日

鉄の女、逝く ~ 英国の自虐史観教育と戦った9年は、日本への啓示だ。

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1979年から11年6カ月の間、英国首相を務めたマーガレット・サッチャーが死去した。
「鉄の女」と呼ばれ、映画にもなった女性宰相。
20世紀後半の国家リーダーとしては、とりわけ印象深い人物だった。

サッチャー

サッチャーを語る時、よく題材に上がるのがフォークランド紛争だ。
アルゼンチンが英国をナメて同諸島に侵攻・占領し、後に大きなしっぺ返しを喰った戦争である。地図上ではどう見ても英国領とは見えないこの島々だが、サッチャーは、いくら本国から離れていても、自国領は武力行使を伴ってでも断固として守る、という強い姿勢を、身を以って示した。

こういう強い外交をしながら、ソビエト連邦の末期、ペレストロイカという大改革を進めようとしたミハイル・ゴルバチョフを「最も勇気のある政治家」と呼んだ。ゴルバチョフに対してサッチャーは、「ソ連という国はまだ信用できない。ただ、貴方なら信用する」と明かした。東西冷戦は、ソ連の崩壊とともに去ったが、サッチャーがその冷戦構造の終焉に大きな影響力を持った政治家であったことは、確かな事実だ。

嘘か逸話かは知らないけれども、サッチャーに怒鳴られた男性閣僚には泣きだす者もいたという。そういう強いメンタリティがフォークランドなどの対応に表れており、それを評価する声は確かに多い。ただ、私は個人的に、腐敗した英国の教育問題の解決にサッチャーが果たした役割を大変評価したい。

英国は有事において、保守党のチャーチルが戦争という喫緊課題に専念するばかりに、国内政策の多くをおざなりにした。そこに連立政権内の社会主義者が触手を伸ばし、国内の秩序が崩れ始める。そのような背景で誕生したのが、1944年教育法だ。この教育法を主導したのは労働党だ。
この1944年教育法には3本の柱があった。「児童の権利を尊重する人権教育の推進」、「イギリス帝国主義批判の歴史教育の推進」、「教師の自主性を尊重する教育行政の確立」だ。現在のどこかの国の教育実態と酷似している。
良く知られるとおり、英国は古くから世界各地に植民地を持っていた。日本の台湾統治、朝鮮統治と違い、欧米の植民地とは搾取のシステムである。そういう背景を、この1944年教育法のもと、英国の教育者は自虐史観の刷り込みを徹底的に行った。人種差別は白人の伝統的価値観に由来するとし、教育は偏向を極めた。英国の学校なのに、国語を教えず、インドや中南米の言語を教えたり、英国史の代わりに旧植民地の歴史を教えたりと、やりたい放題の状態だったという。

そこで登場するのがサッチャーだ。
サッチャーと保守党は、英国人としての誇りと道徳の回復を訴えた。しかし、1944年教育法においては、教材は学校側に決める権利があり、カリキュラムは教師の裁量に委ねられていた。システムが砦となって、サッチャーの主張は通らなかったのだ。
そこから、サッチャーと労働組合の激しい戦いが始まる。教師は半年間もストをしたり、国会へ向けたデモを行うなど、徹底抗戦した。しかし、鉄の女は屈しない。熾烈な闘争を経て、サッチャーの努力は1988年教育改革法という形で結実する。この改革法において、英国は教育内容の決定とその実施のチェックに対する最終的責任が国にあることを明示したのだ。サッチャーが英国首相に就任してから、9年の年月を費やした集大成だ。
英国病克服の事例では経済が取りざたされることが多いが、教育改革も同列に語られるべき大事業だったのである。このことを何故日本のメディアが好んで取り上げないかは、推して知るべしである。

日本ではいまだに自虐教育が行われ、それが黙認どころか肯定されている現状がある。日教組は、構成員を減らしてもなお少なくない影響を教育現場に及ぼし、それを補完する左側の勢力はいたるところに存在する。
第一次安倍政権では、戦後永きに渡って固定化されていた教育基本法を改定した。これは大きな功績だが、民主党への政権交代によって、進んだ歩みもリセットされてしまった感がある。
第二次安倍政権においても、教育改革は重要なテーマとなるはずだ。既に、英国が教育法を改正した1988年から四半世紀も遅れを取っているのだ。

月刊「正論」の2005年1月号に、「サッチャー改革に学べ!教育再興の任は国家にあり」と題した討論が掲載されている。討論の参加者は、安倍晋三(当時自民党幹事長代理)、古屋圭司、下村博文、山谷えり子という、自民党教育部門のオールスターズだ。
この対談で、安倍現首相は下記のように述べている。この信念を曲げずに、国家百年の計である教育に、大ナタを振るってほしい。教育基本法にもう一度魂を入れ、教科書採択におけるプロセスの抜本改革を断行してほしい。私はそれを切に願う。

 基本法前文は、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである…ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立する」と書かれています。しかし、そこで実現を目指すという憲法の理想や精神は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して…」という前文に見られるように、国際情勢の現実にまったく合致しない認識に基づく空理空論に過ぎないことを、いまや多くの国民が理解しています。社会の構成単位である地域や家庭の大切さや、両者による教育についてもどこにも書いてありません。
 これを戦後六十年後生大事に守ってきた結果が今の状況だと思います。
 教育基本法を改正して何が変わるのか、何も変わらないだろうと反対派は言います。例えば朝日新聞の平成十五年三月二十三日付社説は「理念をいじっても、いじめや学力低下の処方箋にはならない。基本法を変えれば解決できるほど、問題は簡単ではない」としています。しかし、基本法の改正は、荒廃した現在の教育を、二十一世紀の日本を担う人材を育成できる教育として再興するためのスタートなんですね。教育を根本から改革していこうという創造的なスピリットがそこから生まれてくる。サッチャーが半年間にも及ぶ教職員組合のストにあってもたじろがず、改革を断行した精神にわれわれも学びたいと思います。



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