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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2013年03月09日
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「主権回復の日」と沖縄

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かつて、菅直人が首相であったとき、菅は「沖縄は独立したほうがいい」と語ったと言われる。
公式な発言ではないものの、これは政治家、なかんずく政治リーダーが絶対に言ってはならないことである。政治リーダーの取るべきスタンスは、何があっても沖縄を見捨てない、絶対に守るという強固な意志に裏打ちされなければならない。菅の発言の類が外に漏れれば、虎視眈々と沖縄の侵略を狙う支那の思うつぼである。

安倍政権は、来週の閣議において、4月28日を「主権回復の日」とし、同日、政府主催の記念式典を開催すると発表した。昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、我が国は有史以来初めて他国に占領された期間を克服し、独立を果たした。祝うべき日である。

この日、日本は独立を果たしたものの、沖縄、小笠原諸島などが引き続き連合軍の施政下に置かれた。正確を期せば、講和条約で本土復帰を果たせなかったのは、伊豆諸島、トカラ列島、奄美群島、小笠原諸島、沖縄県である。それぞれの地域は段階的に我が国に返還されることになるが、わけても沖縄は、ベトナム戦争にかかわる米国の戦略的要衝として、彼等に利用され続けた。大東亜戦争時の地上戦の場所として戦禍を被り、その後も治外法権が存在し続けている。沖縄の県民感情として、ある種の被害者意識が芽生えるのは、無理からぬことだろう。

但し、その被害者意識を煽り、沖縄を本土から精神的に分断せしめんとする手合いが居ることも確かである。本土から送り込まれるサヨク運動家も然りだが、その中心に居るのは沖縄メディアだ。
琉球新報の本日の社説を読めば、その構造がよくわかる。

「主権回復の日」 「屈辱」続いて独立国か (琉球新報)

 これも“安倍カラー”ということか。サンフランシスコ講和条約が発効した1952年4月28日を「主権回復の日」とし、今年から政府主催の式典を開くという。
 「主権を失っていた7年間の占領期間があったことを知らない若い人が増えている。日本の独立を認識する節目の日だ」
 安倍晋三首相は式典開催の意図をこう説明した。国を憂える政治家として面目躍如たる思いだっただろうか。
 しかし脳裏のどこにも、沖縄にとってその日が「屈辱の日」であることは浮かばなかったようだ。
 日本が「主権」を回復したその後も、米軍占領下に置かれて「屈辱の日々」を送り、72年の「日本復帰」後も過重な基地負担を強いられ「沖縄に主権は及ばないのか」と訴えてきた県民は、首相の言う「美しい国」の国民ではないということなのだろうか。
 しかしその、沖縄を切り離して回復したはずの日本の「主権」は今どうなっているのか。
 米海兵隊の新型輸送機オスプレイは「美しい国」の上空も飛行し始めた。いまや「日本の沖縄化」の指摘も聞こえてくる。外国軍機が飛び交う現実を前に、これが主権ある独立国家の姿だと、誇りを持って言えるのか。
 2004年の米軍ヘリ沖国大墜落事故の際には、県警が米軍に締め出されて現場に近寄れないという主客転倒の事態まで起きた。
 米軍普天間飛行場移設問題やオスプレイの配備強行に象徴されるように、日本政府の対米追従姿勢はあまりにふがいない。「4・28」後の日本の実態は「従属の日々」なのではないかとさえ思える。
 基地の過重負担の中で、県民の「反基地」感情は根強いが、決して「反米」ではない。戦後米国に留学し、米国流の民主主義を学んだ人も多い。コザ(現沖縄市)に代表される戦後文化も、沖縄の豊かな歴史文化の一部として、県民は建設的に受け止めている。
 その上で「4・28」を「屈辱の日」と捉え、基地の過重負担の解消を求めているのだと、あらためて指摘したい。
 「4・28」が風化しているのであれば、首相はその功罪について国民にきちんと説明すべきだ。
 沖縄の「屈辱」に触れずに「主権回復」を祝おうというのなら、県民にとってそれは、過重負担を強いる「構造的差別」の深化を再認識する日でしかない。


確かに、沖縄は4.28で日本に返還されなかった。
講和条約とは、戦争の勝者にイニシアチブを持つものであって、決して国家間の平等を前提とするものではない。当時、敗戦国日本が米国側に対して沖縄返還を認めさせることができなかったとはいえ、それは見捨てたということではない。単に戦勝国と敗戦国との力学上の問題である。
確かに当時は、この4.28が屈辱の日であったのかもしれない。ただ、その後、県民の熱烈な本土復帰運動があって、沖縄は日本に戻ったことを忘れたのか。
返還前の沖縄における本土復帰運動は、殊更反米という色が濃かったものだった。それが今、反米に加えて反日に傾斜している。沖縄メディアの反日ぶり、教職員らの組合運動と反日教育、出稼ぎサヨクの運動が、それを煽りに煽る。彼等の中には、日本と沖縄の分断後、沖縄がどう生きて行くべきかの絵などない。ただ、国家を批判するために運動を繰り広げているだけに思える。
沖縄の負の歴史は、全国民が認識すべきだ。しかし、沖縄県民においても、大局を俯瞰的に見るスタンスは望みたい。仮に沖縄が支那領になれば、不幸を被るのは、間違いなく沖縄県民である。

「主権回復の日」。大いに結構である。
これを機に、主権回復までの道のりを、全国民が学ぶ機会となれば、尚更よろしい。
主権回復までに何があったのか。GHQによる検閲、一九四六年憲法、ウォーギルトインフォメーションプログラム、公職追放等々、また、遡って東京裁判などを正確に学び、フェアな歴史観を得ることができれば、戦後レジームというものの正体がより鮮明になる。憲法に関する意識も変わるだろう。
フェアな歴史認識は、日本が変わる足がかりとなるはずだ。


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