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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2012年07月03日
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結局手勢を半減させただけだった小沢離党劇

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永田町の小沢一派議員50名が民主党を離党した。
昨日も書いたとおり、小沢一郎が新党を作るとなれば、議員数50名という規模は民主、自民に次ぐ第3党であり、一定の影響力を持つと予想される。
しかし、もともと小沢グループは100名規模だったはずだ。
50名が離党したというより、残りの50名が追いてこなかった――換言すれば、その50名を口説き落とせなかったということである。
おまけに一度52名と発表された離党者数は、階猛、辻恵の2名の“瀬戸際造反”で50名となった。
どこぞの“組のしきたり”でもあるまいし、自らの出処進退を他人に託したこの2名は大馬鹿者である。ただ、こういう強引な手法を取らなければ50名を確保できなかったのが、いまの小沢一郎であるということだ。
小沢の求心力の低下の証左だろう。

小沢は昨日の会見で、こう語った。

自民、公明という三大政党が官僚の言うがままに消費税増税の先行を3党合意で押し通すことは国民から政策を選ぶ権利を奪うことであります。3党合意とは政策の違いを国民に示し、国民に政党を選んでもらうという二大政党政治、いわんやわれわれが目指してきた民主主義を根底から否定する行為であります。私たちは事ここに至って国民の生活が第一の政策を国民に示し、国民が政治を選択する権利を何としても確保することこそ、混迷にあるこの国を救い、東日本大震災で被災された方々をはじめ、国民を守る政治家としての使命であるとの決意を新たにいたしました。


この言葉には大きな違和感を持つ。
確かに民由合併というのは、政権交代を可能せしむる規模の野党を作ることが目的で、理念や政治信条の共有を後回しにした烏合の衆の誕生だった。
ところが小沢は2007年、昨日の発言とは全く正反対のことをした。
それが福田自民党と小沢民主党の大連立構想だ。
けし掛けたのは福田康夫と言われているが、真相は定かではない。しかしこのふたりが大連立を画策したことは間違いない。
小沢はこの時、“国民から政策を選ぶ権利を奪おうとした”のだ。

こういう変節が小沢一郎には付きまとう。
マニフェスト原理主義者であるようにも語られるが、民主党政権になって最初にマニフェスト違反を犯したのは、2009年12月、ガソリンの暫定税率維持を政府に要請した、当時の小沢民主党幹事長である。
ぶれない政治家を前面に出した離党だったが、実はこの人はぶれるのだ。
状況次第で方針がころころ変わるから、国民は信用しない。

昨日の会見では、主眼は反消費増税、反原発再稼働だそうだ。
なんでも反対が党是なら、絶滅危惧種の社民党や共産党だけで十分だ。
小沢は輿石と3回も会談を重ね、離党時の手切れ金の交渉をしていたという。
なんとも哀れな剛腕の姿だ。
結局今回の離党劇は、100人いたと言われる小沢グループの勢力が50人に半減したという結果を残しただけである。
次の選挙では、この半減した勢力はさらに数を落とすだろう。
小沢は多数派から少数派に自らの立場を変えた。
彼が再び多数派に転じることができる可能性は、限りなくゼロに近い。
起死回生策は、きづな、新党大地と共闘し、あと1名の議員を確保したうえで、内閣不信任案を提出することぐらいだろうが、仮に不信任案が可決されたとしても、次期選挙を経たあとの小沢一郎は、永田町のど真ん中にはいないはずである。
民意が翻るとは思えないから。
小沢一郎には、政界引退を求めたい。


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[ 2012/07/03 11:25 ] 政治 | TB(0) | CM(6)
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