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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2012年03月07日

河村市長南京発言に支援の輪。捏造には歴史検証で対抗せよ!

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 昨日、河村名古屋市長のいわゆる「南京事件はなかったのではないか」発言について、この発言を支援する会が開かれた。
主催は「新しい歴史教科書をつくる会」。

新しい歴史教科書をつくる会が河村発言支持集会 (読売)

 名古屋市の河村たかし市長の南京事件に関する発言を巡り、「新しい歴史教科書をつくる会」が6日、「南京事件について議論を呼びかけた河村市長の発言を支持する」として都内で集会を開き、全国から400人以上が参加した。
 集会には超党派の名古屋市議3人も参加し、市長が発言に至った経過を説明。「30万人の大虐殺が真実でないなら、日本人として率直な意見表明が必要。様々な意見、立場があり、率直な話し合いをしたいというのが真意だ」と、河村市長から預かったメッセージを読み上げた。
 その後、衆院議員や大学教授、評論家ら約20人が交互に、「河村市長が投げかけた問題提起を冷静に受け止め、この問題の究明と情報共有を図るべきだ」などと述べ、最後に市長を支持する決議文を採択した。
 集会について河村市長は同日、名古屋市内で記者団に対し「ぜひ本当に議論できる時代が来るといい。それに尽きる」と話した。


集会には国会からただひとり、稲田朋美衆議院議員が参加。
安倍晋三元総理、平沼赳夫氏、山谷えり子氏は集会への賛同メッセージを寄せた。

河村発言によって、歴史を正視しようという行動がさらに一歩進んだことの意義は大きい。
歴史を正視する。
これは、今まで日本人が信じ込まされてきた歴史を指すのではない。
むしろ、信じ込まされてきたことを、鵜呑みにせずに疑い、冷静かつ客観的に検証を積み重ねた結果として導き出された結論をもって総括するということだ。

この類の摩擦は、大いに歓迎すべきものだ。
今日までの日本の政治もジャーナリズムも、摩擦を恐れ、結論を先送りにしたり相手におもねたりして、何となく生存を保持してきた。
政治もジャーナリズムも、「真実を知りたい」という国民の要求にはほとんど答えてこず、むしろそういう議論を嫌ってきた現実があるのではないか。
それに日本の自虐史観教育が乗っかるため、日本人は自国の歴史を知らないどころか、自国を悪玉と認識して育つ。
河村発言の与える影響は、教育の場で南京事件を「事実」と教えられ、非道で残虐な戦前・戦中の日本という固定観念を植え付けられてきた国民に、覚醒のきっかけを与えるにまで至る。だから葬ってはならず、屈してもいけないのだ。

先日、自民党片山さつき氏が、Twitterでこのように呟いた。

夜のパーティーで、安倍元総理、上田埼玉県知事、片山前総務大臣と、名古屋南京問題について会話。一致して、「河村市長は絶対発言撤回しないで。応援するから。」片山氏は鳥取知事時代に竹島発言で韓国の某道から絶縁宣言され交流とまったが暫く黙殺していたら、韓国側から招待された、と。
https://twitter.com/#!/katayama_s/status/175600989733257216


竹島問題も南京問題も、相手側の性質は同じだ。
自国と自国民は日本軍国主義の被害者であるという史観であり、それを国家事業として国民に植え付けてきた。
ところがその史観を裏付ける根拠は、乏しいばかりか捏造だらけ。
河村発言のような、その史観を真っ向から否定するような発言が出ると、条件反射のようにいきり立つ。
無理もない。
発言をきっかけに歴史の検証が進めば、捏造がバレる。そしてその捏造に騙されてきた事実を自国民が知るに至れば、国民の結束が揺らぐどころか、国家に対する大反発を招く。
だから中国にしても、河村発言が大きな外交問題に発展することを避けたい一面もある。
そういう事情を知りつつ、日本が中国とお付き合いして、事を穏便に済ます義理などない。
摩擦によって歴史検証が進めば、それは大きな前進なのである。

片山前総務相のエピソードは、非常に面白い。
今まで「押せば引く」と思っていた日本が、押しても引かないことがわかると、押すのをやめて、竹島発言もなかったことになってしまうのだ。
これと同類のエピソードを拙ブログで紹介したことがある。
平沼赳夫氏の通産相時代のエピソードだ。
押されても引かないことが如何に大事かが分かる。

平沼赳夫氏に見る中国との付き合いかた
http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-157.html

 ついでに一つ、小泉内閣時代の思い出話でもしておきましょうか。僕(平沼氏)が経済産業大臣だった時に、中国が安いシロネギと畳表とシイタケの輸出攻勢をかけてきて、日本の産地が悲鳴を上げたことがあるんです。そこで私は担当大臣としてセーフガードを発令して、輸入禁止にしました。すると小泉総理が、「話し合いで解決してくれ」と言うんです。きっと江沢民国家主席(当時)から文句を言われたんでしょうね。
 それで僕は北京に行きました。その一週間前から日本の役人が三〇人ほど乗り込んで、向こうの役人と徹夜で協議して話をまとめていますから、あとは大臣同士で調印するだけなんです。ところが石広生部長に会って、「両国の事務方が二晩徹夜をしてようやく合意ができるような状態になったようですから、こおで詰めの話をしましょう」と言うと、向こうは「中国は何も合意していない」と嘯くんです。日本の役人たちは凍りつきましたよ。で、中国の役人はどんな顔してるかと思って見たら、みんな下を向いている。すぐピンと来ましたね。彼らは、日本相手の交渉は、最後の段階でゴネれば一つか二つ譲歩が得られる、とタカをくくってるわけです。だから私はスクッと立ち上がって、日本の役人に「この大臣は合意していないというから、あなたたちは苦労したと思うけれども、帰ろう」と言って、帰ってきちゃったんです。向こうは口をあんぐり開けてビックリしていました。日本人がそんな行動を取るとは思っていなかったんでしょうね。
 そうしたらまた小泉総理に呼ばれまして、「頼むから話し合いをしてくれ」と言うので、また翌月に北京に行った。今度は三分とかからなかったですね。「この男に何を言ってもダメだ」とわかったんでしょう。しかも自分の執務室まで僕らを連れて行って、コーヒーなんかいれてくれて。だからね、六〇〇人も連れて朝貢なんてしちゃダメなんですよ、あの国は。毅然とした態度を見せてないといけない。




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