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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2012年03月03日
月別アーカイブ  [ 2012年03月 ] 

自民党の憲法改正原案に賛成する

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自民党が憲法改正案を決定した。
憲法前文案はなかなか美しく、非常に気に入った。

 【前文】

 わが国は、長い歴史と固有の文化を持ち、日本国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家であり、国民主権の下、立法、行政および司法の三権分立に基づいて統治される。
 日本国民は、この伝統ある国家を長く子孫へと引き継いでいかなければならない。
 わが国は、先の大戦による荒廃から不断の努力により復興し、今や国際政治の場において重要な役割を果たすまでに至っている。
 日本国民は、平和主義と国際協調に徹し、諸外国との友好関係を増進させ、民主主義を基調とする世界の平和と繁栄のために貢献する。
 また、国や地域や家族を責任感と気概を持って自ら支え、基本的人権を尊重し、互いに助け合い、心豊かな社会を形成する。
 また、教育や科学技術を振興し、美しい国土と地球環境を保全しつつ、活発な経済活動を行うことにより、国や地方を発展させる。
 日本国民は、誇り高いわが国を維持し、成長させ、継承するため、ここに、主権者として、この憲法を制定する。


現行憲法の前文は、占領押し付け憲法の理念を120%吐き出すような愚劣なもので、前文を読むとその後の憲法条文を読むのが嫌になる。
自民党の結党の精神にはもともと「GHQから押し付けられた憲法を否定する思想」があったはずで、1955年から現在までの長きにわたり、しかもその大部分を政権政党として存在してきたにもかかわらず、条文の一文字も変えられなかったことは、党全体として猛省すべきである。
もっとも、戦後に憲法を改正させ、日本を再軍備させようとしたのも米国であるのだが、その要請が吉田茂首相によって拒否された経緯もある。だから一方的に「怠慢だ!」と批判するつもりもないが、同時に、この憲法で良く日本は国家の生存・持続を実現してきたなと、不思議に思うくらいである。

私は先のエントリーで、皇室問題にジェンダー思想を持ち込んだ田原総一郎氏を痛烈に批判したが、物事には時代に合うとか合わないという短絡的な価値観によって扱われるべきものと、そうでないものとがある。
皇室問題は、時代をベースに議論するには馴染まない。
どちらかと言うと、今迄実質的にそうであった「天皇は元首」という改正案は、逆に時代を遡ったものとして考えられなくもない。
この「時代を遡る」もののもうひとつが、国旗国歌の「表象」というものだ。
表象とは、「知覚したイメージを記憶に保ち、再び心のうちに表れた作用をいうが、元来は「なにか(に代わって)他のことを指す」という意味である」とある。日の丸と君が代が日本を表すものであって、国民ひとりひとりの精神への浸透を促すものなら、「表象」とはまさに適切なことばだろう。
しかしこのことは、既に大部分の国民に認知されていることだ。
一部の進歩的(と言っては綺麗すぎるが)な新聞、団体が騒ごうが騒ぐまいが、日の丸や君が代はもうずっと前から大部分の国民に認知され、「表象」として血肉化されているはずである。

一方で、防衛に関しての現行憲法は、もう何十年も前からレガシーになっている。
もともと交戦権を持たずして国の存続、持続は不可能なのだから、「自衛軍を保持する」という条文は主権国家として必須だ。戦後の自衛隊議論は、様々な憲法解釈という手法によって「先送り」にされてきただけである。
「国軍」と表現するならもっと良かったが。

もうひとつ、産経に載っている改正原案の抜粋には、改正原案における政教分離の捉え方にあまり変更がない。政教分離についてはも踏み込んでほしかったが、果たして総体としての二十条はどういう解釈になるのか。
江藤淳が昭和61年に書いた論文のなかに、政教分離を批判する部分がある。私はこの考え方に大いに賛同する。

政教分離、信教の自由といいますが、実は正確にいえばアメリカですら政教は厳密には分離されていない。ジュデオ・クリスチャンの祭祀によってあらゆる儀礼が行われている、文化的伝統を考えてみれば、こんな当たり前のことはないんですね。イギリスもそうです。女王が英国国教会の首長であることは周知の事実で、女王の宗教的役割は、信仰の内容は違うにせよ、帝国憲法下の天皇に類推し得るものと考えられる。それこそ英国のConstitutionだからです。
 それにもかかわらず一部の憲法学者は、そういう事実を一切無視して、合衆国憲法修正第一条に規定されている政教分離なるものに呪縛された議論しかしようとしなかった。もとより現行憲法第二十条は、合衆国憲法修正第一条の忠実な反映だからでしょう。ところが憲法には総て歴史的背景があります。合衆国憲法修正第一条は、アメリカ独立当時の十三州におけるキリスト教各宗派間の複雑な勢力関係を背景にしている。そのなかで政治的安定を確保するために、国がある特定の宗派に優越的な地位を与えないということを規定した条項にすぎないのです。
 それを一部の憲法学者は、あたかも人額が普遍的に実現すべき価値であるかのように主張する。GHQの民政局の起草した舶来の現行憲法第二十条において、政教分離と信教の自由が謳歌されている故に、それこそ進歩的原理であって、日本人の心のmake-up、国柄のmake-upのごときは、文明の進運に遅れた未開人のものだと言わんばかりの議論を、得々として展開しようとする。


つまり、憲法二十条の政教分離は、日本の国柄など一切無視した、非常に平面的な規定であって、日本の文化には全く合致していないのである。
もともと神道を宗教として認識すること自体がおかしいのだが、靖國参拝などで議論される政教分離論が横行する現状は、日本の国柄として健全ではない。

概ね、自民党の憲法改正原案には賛成だ。
国会で大いに議論してほしい。
もっとも、自民党内のリベラル派からは声高な異論が出る可能性もある。
保守派の仮面を被ったそういうリベラル議員はしっかり記憶し、「民主党にでも社民党にでも共産党にでも、どうぞ行ってくださいな。」と勧めるべきだろう。


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