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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2011年10月24日
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何が何でも改憲が嫌な西日本新聞

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地方紙にはたまにとんでもない社説や記事が載るが、23日の西日本新聞の社説は異常なものに思える。
北海道新聞のシェアが高い北海道に育ったので、地方紙の危険度というものは認識しているつもりだが、普段の生活で地方紙までチェックできるような時間の余裕はないので、度が過ぎたもの以外はスルーするようにしている。
ただし、この西日本新聞の社説は看過できないので、少々ツッコミを入れさせていただくことにする。

憲法審査会 国民投票法見直しが先だ (西日本新聞より抜粋)

 戦争放棄と武力不保持を定めた9条をめぐる「改憲か護憲か」の二極対立が、政治に改正手続きの具体的論議に踏み込むことをためらわせてきたという現実があったことは否定できない。
 政治の怠慢であり「立法府の不作為」は指摘されねばなるまいが、憲法審査会をなぜ、この時期に立ち上げなければならないのか。いまひとつ解せない。 いま政治に求められているのは、震災と原発災害からの復興に向けて政治の総力を結集することである。被災地の人々の生活を考えれば、改憲を国会日程に乗せる政治環境にはない。
 政治の場でいま憲法を論じるのであれば、現憲法がすべての国民に保障している「生存権」を被災地でどう確保するかという議論であり、そのための政策の速やかな実行である。
 そうした状況にもかかわらず、憲法審査会が始動したのは、4年前の国民投票法の強行可決に反発して審査会委員の名簿提出を拒み続けていた民主党が一転、名簿提出に応じたためだ。
 民主党の方針転換は「ねじれ国会」の下での法案審議で自民、公明両党の協力を得るための政治的な駆け引きであるのは、誰の目にも明らかだろう。
 「憲法」を政権運営の道具にすべきではない、とは言わない。だが、当面の政局乗り切りのために審査会立ち上げに応じた民主党の姿勢は間に合わせである。
 非常時だからといって、憲法論議を封じるつもりもない。しかし、安倍政権時代に与野党合意を無視して見切り発車した国民投票法に基づく改憲論議には、私たちは危うさを感じる。
 国民投票法に最低投票率に関する規定は本当に要らないのか。規定がなければ投票率が20%以下でも、過半数が賛成ならば憲法改正が可能になる。
 1割の国民の賛成で憲法を変えられるのでは、「国のかたち」の選択手続きとしてハードルが低すぎないか。
 国民に賛否を問うのは、憲法の「条項」ごとなのか「条文」ごとなのか。それによって賛否の判断も動く。明確な規定が必要ではないのか。
 憲法審査会にまず求められるのは、改憲論議より、国民投票法の「欠陥」や「疑問点」を見直すための議論だろう。


確かにいまの政治の喫緊課題は、復興だろう。
政治が復興を進められないのは、一義的には政権与党に責任がある。震災以降、必要なスピードが得られないのは、政府が国を動かせていないということだからだ。
ただ、この社説で西日本新聞は、復興と原発問題以外は「論じるな」と言う。
国会に籍を置く700人以上の議員全員に、復興を論じろということに等しい。
これを「子どものサッカー」と言う。
子どもがサッカーをすると、ポジションなど関係なく、全員がボールに集まり、サッカーグラウンドは一部を除いてガラすきになる。
国会がそうなってしまうことこそ、危険だろう。

憲法審査会の立ち上がりが遅れたのは民主党のせいだという、西日本新聞の主張は正しい。
事実、民主党はこの審査会名簿の提出を、政局に利用した感がある。
単に民主党が怠慢だったわけで、初めてあるべき姿になっただけの話である。
彼らは立法府にいる。
法を論じるのが国会の務めであり、メディアが糾弾すべきは、その務めを何故果たしてこなかったのかという点をつくことだろう。
この新聞は、よほど改憲が嫌と見える。

そもそも占領憲法が公布されてから今に至るまでの間、憲法には改正条項が存在するにもかかわらず、その具体的手続きがおざなりにされてきたことに問題がある。
国会議員とて、憲法議論は票になりにくいため、選挙の争点にはしない。
しかも憲法議論は、改憲派と護憲派が渦巻く国会では、議論に相当な時間を要する。
じっくりと議論すべき環境ができるのであれば、歓迎すべきだ。
しかしこの社説は、なんだかんだと憲法審査会にケチをつけながら、安倍政権で成立した国民投票法の批判にすり替えを行う。
復興に集中しろという点ではなく、国民投票法への批判が本音であることは明白だ。
メディアの責務とは、国民の政治への投票行為での参画を推奨する点にある。

改憲、護憲を語るのはメディアの自由だ。
せいぜい語ればよろしい。
少なくともこの社説は、何らかのイシューで国民的議論が起こった際、そのイシューに関する国民の行為を抑制しようとするものとして、非常に愚劣な印象を与える。

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