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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2011年10月05日
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恥を知らず、卑しさをさらし、かすめ取る民族

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恥だとか卑しさというものを人格形成のなかで排除することは、日本の武士道の根源である。
しかし、日本海を西に渡れば、そのような感覚を持たない民族が存在する。
朝鮮半島の南半分に位置する国の民族だ。
私は別に彼らを蔑視しているつもりはないが、彼らの主張、もっと言うならば国論形成の過程において、捏造や欺瞞を用いた強引な手法をとっても、それが彼の国では是とされるパターンが非常に多い。
一般大衆のみならず、政界、学会、メディアなどがこぞってその体制を指示するため、反対意見が抹殺される。反対意見を言った途端、その世界から排除されるのだ。
そういった点において、韓国は自由と民主主義の国などではない。

韓国仏教の『参禅』をフランスで広報、「日本の『禅』は偽物」=韓国 (サーチナ)

 韓国仏教の広報のため、9月27日からフランスを訪問した曹渓宗総務院長チャスン僧侶(57)は1日(現地時間) 、記者団と懇談会を行った。席上で、日本語の「禅(ぜん・Zen)」という用語は間違っており、韓国仏教の特徴である「参禅(チャムソン・Thomson)」という用語を世界の人々に広く知らしめたいと強調した。複数の韓国メディアが報じた。
 韓国メディアは「日本用語の『禅』は偽物、私たちの用語『参禅』を世界に知らせる」と題し、詳細を伝えた。
 チャスン僧侶は「私たち(韓国仏教)は1700年の歴史を自負しているが、事実上、世界の人々は韓国仏教をよく知らずにいる。これまで韓国仏教は、井の中の蛙(かわず)のような布教にすぎなかった」と自省した。
 また「アジアの遺物や美術品を展示した、パリのギメ東洋美術館で、『参禅』が日本の『禅』と間違って紹介されているのを見て、自尊心が傷つけられた。『参禅』という私たちの固有の言葉で統一し、世界の人々にこれを知らせたい」と強調した。
 チャスン僧侶は、今後は韓国仏教を世界に知らせることに力を注ぐため、米国コロンビア大韓国学研究学生たちに毎年10万ドルを支援するなど人材養成を行う。また、現地文化や言語が分かる外国人僧侶を通した布教活動や、国連に僧侶を派遣して韓国仏教を知らせる方案などを推進する意向を明らかにした。
 さらに「これらの広報活動の結果、外国人が韓国仏教文化を体験するために韓国へ来れば、観光収入も増加し、精進料理とともに、韓国料理も世界化される」と語ったという。
 チャスン僧侶ら一行は、韓国文化院、パリ7大学などで韓国仏教の広報活動を行い、イリーナ・ボコバユネスコ事務総長と面談するなど、5泊6日間の日程を消化し、韓国に2日、帰国した。


普通なら、鼻で笑う程度にとどめたい(笑)。
韓国には「日本には文化はない」「日本の文化は韓国のコピーだ」「韓国は文化国家で日本は野蛮だ」というな主張がいまだに幅を利かせている。
彼等は「韓国が日本に文化を伝えてやった」という原則から抜け出ることができない。
それを自国のみでマスターベーション的に言うのなら「どうぞ」という態勢でもよいが、国際的に広報されると嫌でも反論せざるを得ない。
日本の仏教界は明確に反論すべきだ。

上記の記事は、日本の『禅』を否定し、起源は韓国にありと、文化をかすめ取る手法であるが、これは今に始まったことではない。 これがいわゆる韓国起源説と言われるものだ。
彼らにとってみれば、剣道、マンガから、ソメイヨシノの桜に至るまで、すべて韓国が起源となってしまう。
プロパガンダをぶち上げ、学者が根拠のない理由を捏造し、メディアがそれを発信するというシステムが、ここぞとばかりにフル回転する。

韓国に朴景利という女性作家がいた。
故人だが、亡くなった際に李明博や金大中が駆けつけるような大物作家である。 その朴景利がずっと以前に、東亜日報でこのような発言をしている。

日本人たちは(他人に)あげるということを知らない民族である。この世の中に、日本人のようにケチな人間はいないと思う。あげることを知らないということは、つまり、文化がないということです。ケチな人は、美しさや真理の探求に関心がありません。日本人に、もし文化があるとすれば、それは紙で作った花のようなものです。


一流文化人にしてこれだ。
そしてこの発言は、韓国民族のメンタリティを象徴しているような気がする。
ケチという言葉は侮辱だが、「日本はケチ」という前提を相対化する中で、自国のポジションを上げようとする、卑しさがある。

かすめ取るという行為は、最も恥ずべきものだ。
しかしそれを国家単位で行うのが、海を隔てた隣に位置する国家である。
その国では、自国を大きく見せたいとか、他国に対する優位性を求めたいという、刹那的な欲求のために、捏造ですら許されてしまう。
日本の皇紀に対抗し、檀紀4344年と虚勢を張る姿勢にも表れる。
「和をもって尊しとなす」は大事だが、反論すべきは反論してこそ、対等な国家の関係性が担保される。
日本人もひるまずに反論すべきだ。
ただし、彼の国の民族と話がかみ合うかどうかは別問題だが。

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[ 2011/10/05 17:15 ] 外交 | TB(0) | CM(4)
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