私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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震災下の自衛隊の活躍と、戦後日本が学ぶべきもの

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東日本大震災と阪神淡路大震災、そして関東大震災という三つの大きな災害の比較の中で、先日「関東、阪神淡路、そして東日本大震災 ~ 皇室という普遍的価値」というエントリーを書き、関東大震災下での皇室のご対応をご紹介した。
関東大震災における皇室のご対応は、リーダーシップと呼ぶ次元を遥かに超越しているようにも思われ、若き摂政宮(後の昭和天皇)の「凄み」すら感じる。
ご興味ある方はご一読いただきたい。

さて、先の記事の参考テキストとなっているのが、江藤淳の「二つの震災と日本の姿」という文献なのだが、江藤はこのなかでもうひとつの論点を記している。
それが軍隊だ。
周知の事実であり、数多くの批判がある通り、阪神淡路大震災では、自衛隊の災害派遣にかなりの遅れが出た。
原因は行政府にある。
兵庫県から自衛隊に対する災害派遣要請が出ず、救えるはずの命を救うことができなかった。
実は阪神淡路大震災の際、今年の震災と同様に、米国から支援の申し出があったそうだ。航空母艦と第七艦隊の提供だったが、村山内閣はそれを無碍に断ってしまった。米国の援助を受け入れていれば、1995年版のトモダチ作戦が展開されるはずだったのである。
兵庫県は自衛隊に派遣要請をせず、国は米国の支援を断った。当時の話では、神戸港には戦後一度も海上自衛隊の艦艇を入港させたことがなかったそうだ。自衛隊を忌避する風潮があったとしか考えられない。
言い換えれば、戦後民主主義のシンボルのような土地に、不幸にして災害が起こってしまったのである。

一方、関東大震災の直後の軍の対応は、限りなく迅速だった。
地震発生が1923年(大正12年)9月1日11時58分。翌2日に総理になる山本権兵衛はおりしも組閣中という時だったが、当日いち早く「近衛第一師団は急遽出動し、消防に努力すべく大活動を開始せり」という新聞報道が残っている。
9月2日には、ガリ版刷りの官報号外によって戒厳令が敷かれ、参謀本部のなかに関東戒厳司令部が設けられた。
ただし、戒厳令公布以前から、近衛師団、第一師団は出動して、救護を開始している。震災下で展開された兵力は六個師団で、十万から十二万の兵力が速やかに投入されている。「右の大兵力は殆ど日本全国から殊に準備の時日なく早気は一日おそきも十日のうちに集中を完了したことが既に驚嘆に値する」という報道があるそうだ。
海軍も迅速な初動で、佐世保や呉から、日露戦争当時に活躍した旧式の戦艦などを活用しながら、米、缶詰、毛布などを運び出している。
阪神淡路の際と比較するまでもないほど、効率よく動いていたようだ。
指示を出す政治の側にも、何ら迷いが感じられない。

今年3月の東日本大震災の対応は、阪神淡路大震災の阪神淡路の際に初動が遅れたという痛ましい前例を鑑みて、その教訓を活かしたようにも思える。
しかし、トモダチ作戦はあったものの、他の諸外国からの支援の申し出を放置したという報道もあったし、自衛隊派遣にしても、初動は二万、続けて三万、五万と、現場の意見を聞かずに増員を決定し、防衛省内部を大混乱させた。
緊急時に政治の力が必要になることは言うまでもないが、時の首相はパフォーマンスのための現地視察を強行し、現地まで混乱させた。
その後は引きこもって国民へのメッセージも発することはなく、ひたすら怒鳴りまくっていたそうだ。

このような危機に必要なのは、その危機に即応する軍事組織と、それを運用できる行政組織である。
今回の震災における自衛隊の大活躍に対し、多くの称賛が送られたが、そこに至るまでの自衛隊への非常に冷徹なメディア、政治・行政、そして教育などを考えれば、「何をいまさら」と呟きたくなるのは私だけではないだろう。
「平和ボケ」というものが如何なる堕落の産物なのか。
NHKや朝日新聞など、反自衛隊の急先鋒ともいえるマスメディアの罪はもちろん重いが、平時の発想に基づいた空気のなかで弛緩し、災害や紛争などの危機を考えてこなかった国民にも大きな責任がある。
自衛隊の八面六臂の活躍を目にしながら、「自衛隊は災害救助の組織になるべき」などという、危機を危機と感じ取れないような意見が出てくる事象を見ても、病みは根深く、重い。
年々予算を削られ続ける自衛隊が、彼らを「暴力装置」と呼ぶような政治家のいる政党に使われるほどの悲哀もないだろう。

戦後体制とは、戦前を否定することこそに存在意義を見出してきた。
だが、先のエントリーで書いた皇室のこと、また、戦前と戦後の政治や行政による軍の扱い方を見る限り、戦前が真っ向から否定されるいわれは全くない。
むしろ、戦後体制こそが否定されるべきものなのだと気付くべきである。
震災はもちろん痛ましいが、我々日本字が学ぶべきことが震災で炙り出されたのだ、と考える。

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[ 2011/10/30 11:12 ] 史観 | TB(0) | CM(0)
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