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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2011年08月18日

教科書による自信と誇りを ~ 埼玉県上田知事の私見

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私が教育を受けていたのは随分と前なので、歴史・公民教科書にどんな記述があったのか、歴史の先生はどういう教え方をしていたのかということについては、既に記憶がない。
しかし、本当に正しい歴史を教わっていたならば、保守に目覚めるまでの長いノンポリの期間がなかったか、もしくは短いものになっていたという実感はある。
櫻井よしこ氏が、「日本の歴史を知らない人が、なぜ日本人なのか?」というテーマを提起していたのを覚えているが、学校教育というものが、健全な日本人を形成する役目を放棄しているケースが非常に多い。
一例が教科書である。

「日本国の英雄を『射殺』と書いてどうする」 埼玉・上田知事が歴史公民教育で私見 (産経)

 来春から使われる中学校の教科書が県内の教育委員会で選定作業の佳境を迎えていることに絡み、上田清司知事は16日の定例記者会見で、「間違っても『(初代首相の)伊藤博文射殺』などと書いている教科書を選んではいけない」などと述べ、歴史・公民教育についての私見を披露した。
 上田知事は「諸外国での歴史教育とは、自国の歴史や事実関係は正しいと教え、国民に自信と誇りを持たせるものだ」と強調。その上で日本は逆で、誇りを失い、自信をなくさせる教科書ばかりだ。しかし、そうでない教科書も出てきた。今まで日本の歴史と誇りを傷つけてきた教科書もましになっている」と述べた。
 また、混乱を避けたいあまり、教育委員会が無難な内容の教科書を採択する傾向にあることについては「過去にいたノイジーマイノリティ(声高に主張する少数の人々)を目の当たりにしている方々は、時としてそういうのを恐れるきらいがある。事務方サイドの提案をそのまま受け入れて、自分の判断をしない教育委員もゼロではない」と苦言を呈した。
 さらに「間違っても『伊藤博文射殺』と書いている教科書を選んではいけない。日本国の英雄を日本人自身が『射殺』と書いてどうする」と続けた。
 一方、公民教科書については「制度がこうなっているという記述が多い。社会はかくあるべしということを、もう少し思い切って出していくことが大事ではないか。『私』より『公』の方が大事な場合があることを書かないといけない」との見解を述べた。


私は埼玉県在住なので、上田埼玉県知事の言動には注目しているが、非常に良い見解を示してくれた。
「私見」と定義されているのはおそらく、政治の教育への介入を否定する理由もあるのだろうが、少なくとも教育基本法の制定は政治の役目であり、介入といわぬまでも、関与という関係性はあって当然である。
重要なのは中立性で、そこがどこかの党の参院のドンとの違いだ。

上田知事は非常に良い例を提示した。
初代首相の伊藤博文の死因を射殺と書いている教科書があることを、公式アナウンスを通じて知らしめたわけである。
いまさら言うまでもないが、伊藤博文は韓国のテロリスト、安重根に暗殺されたわけで、その安重根は韓国では英雄視されている。
もし教科書が「射殺」と書けば、それは教科書を編集する者が韓国側の視点にたって記述しているということになる。
日本側からだけでなく、客観性を持って見れば、歴史的事実は暗殺であり、「暗殺」を「射殺」という言葉にすり替えることによって、暗に日本の韓国併合を悪と定義し、その思考を子供たちに植え付ける、悪質な意図をもった記述だということだ。

ちょうどタイムリーに更新されたぼやきくっくりさんのエントリーで、韓国の金完燮(キム・ワンソプ)とう評論家が書いた「親日派のための弁明2」という書籍の一部が引用されている。

 伊藤博文は朝鮮を侵略した悪の象徴として、安重根は正義の象徴として、韓国人は一方的な見方を教え込まれてきた。

〈中略〉2000年になって、韓国で初めて伊藤博文の評伝が一冊翻訳出版された。(『伊藤博文』図書出版・中心)。この本には伊藤博文が朝鮮統監職から退いた後も、韓国皇太子である英親王(ヨンチンワン)の太子師(皇太子の教育係。少師は総理大臣であった李完用)であった事実が記録されている。また、伊藤博文が安重根に殺害された後、朝鮮八道(京畿、忠清、全羅、慶尚、黄海、平安、咸鏡、江原の八つの行政地域)の儒林代表らが一堂に会し、伊藤博文の治績を称える集会を開き、銅像を建てた。そして、各道別に謝罪団を結成して鞭をもって日本へ渡り、鞭で打たれることを自ら買って出たという。伊藤博文が死亡した後、韓国王室は文忠公という諡号(死後に贈られる称号)を与え、彼を追慕したという事実も書かれている。

 当時、カトリック朝鮮大教区のミューテル主教が日記で伊藤博文の治績を賞賛し、安重根の「許しの秘蹟」を拒否した事実から、私たちは当時の朝鮮人の伊藤博文に対する感情が今日のものと大きく異なることを推測できる。実際、日露戦争後に伊藤博文が朝鮮を訪問すると、朝鮮ではすべての政治家と官僚が歓迎団を構成して仁川港まで出迎えに行った。仁川から京城までの沿道をいっぱいに埋めた朝鮮人が、日章旗を振って伊藤博文を歓迎するほど、彼は人気のある政治家だったのである。


韓国は捏造を生業とする国家で、彼らの言うことに事実が一片でも入っていればそれだけで称賛に値するほど、事実の捻じ曲げに良心の呵責も覚えない民の集団だ。
彼等は自国の子供たちに嘘を教える。
しかし、日本がそれに倣う必要など、全くないのである。

教科書に必要なことは、事実を語り、嘘を教えないこと。
そして、自国に対する誇りを養い、培う一助になることだ。
間違っても、三国人の干渉に屈したりしてはいけないし、それ以上に三国人が編集したかのような教科書を選ぶようなことがあってはならない。
自国を誇ることを許されないような教科書は、国力を削ぐ。
ましてや、自国を憎むようにマインドコントロールされる子供の増殖は、どんな理由があろうと許されることではない。


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