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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2011年08月13日

江田五月の暴言と、靖國神社「遊就館」の花嫁人形

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昨年夏に放送された、倉本聰脚本の「歸國」というドラマ。
クライマックスのシーンで、先の大戦で戦死し、南方の海の底から日本のことを想い、その心情を吐露した秋吉部隊長の言葉が、非常に重かった。

30万の英霊が南の海のあちこちに少しずつ固まり、忘れられたまま日々を送っている。
俺たちは冷たい海底にいる。
俺たちの唯一のささやかな楽しみは、うねりの強い人気無い夜、海面に浮かび上がって星を見る事だ。
星を見ながら母国の事を思う。
あの星の下で俺達の子孫は幸せな眠りを眠っているだろうか?
家族の寝息が聞こえるだろうか?
そして、時折悲しい過去を、そのために死んでいった俺達の世代を思い出して感謝して…、
いや、感謝などしなくていい、思い出してくれればそれで十分だ。
そう思うことを心の支えにし、冷たい海底へまた沈んでいく。


ドラマの一節とはいえ、これは台詞は日本人が忘れかけている、もしくは忘れさせられているもの ― 具体的に言うなら、この日本の礎となった先人たちへの畏敬と感謝という、誰もが備えているべきもの ― を思い出させてくれるように思う。
夏のこの時期になると、NHKをはじめとするテレビメディアは、戦争の悲惨さだけに焦点をあてた恣意的な番組編成で、視聴者である国民の目を眩ます。 その根本には、大東亜戦争の意義や歴史的使命などの考察は微塵もなく、戦後60年余りの間引きずられてきた東京裁判史観を刷り込むための、それは年に1度の大キャンペーンでしかない。

さして驚くにあたらないが、今年も民主党内閣の閣僚は、誰一人として靖国神社の参拝をしないそうだ。
時事通信が伝える記事の中で、靖国参拝に対する象徴的な信条が吐露されている。

閣僚の靖国参拝、今年も見送りへ=アジアとの関係重視―菅内閣 (時事通信)

 菅内閣の全閣僚は12日の閣議後記者会見などで、15日の終戦記念日に靖国神社を参拝しない考えを示した。昨年も全閣僚が参拝を見送った。中国や韓国などアジア諸国との関係を重視する民主党政権の姿勢を反映した形だ。
 菅直人首相は昨年の就任後の参院本会議で「首相在任中に参拝するつもりはない」と言明。事務所は「(今年も)行く予定はない」としている。
 江田五月法相は参拝しない理由を「靖国神社は先の戦争で国民を戦争に駆り立てる役割を果たした。戦争責任や諸外国に迷惑を掛けたことを考えるといかがなものか」と説明。細野豪志原発事故担当相は「ときどき参拝しているが、8月15日に参拝することは、全く違う政治的な意味合いがあるので、参拝しない」と明言した。
 他の閣僚も「首相の方針に閣僚としては従う」(中野寛成国家公安委員長)などと話した。 


靖国神社には、戦犯などは誰一人としていない。
それは国民の総意として、国会で全会一致で議決された「事実」として残っている。
しかし、こと江田五月のような政治家にとっては、英霊は、「アジアを侵略した悪人、日本を間違った方向に導いた悪者」になるようだ。
靖国神社の遊就館にある、戦争で亡くなった方々の遺書を読めば、その方々が日本のため、家族のために命をなげうって散っていった純粋さがひしひしと伝わってくる。あの遺書に涙しない日本人などいないのではないか。 戦後、ご遺族から捧げられた「花嫁人形」を見て、散っていった若者たちの無念さに何も感じないなら、その人は自虐史観に苛まれた不幸な人だと思わざるを得ない。

戦争終結から29年目にして、フィリピンルバング島から奇跡の帰国を果たした小野田寛郎氏は、こう語っている。

靖國神社に異論があってお参りしたくない人は、来ていただかなくて結構だと私は思います。
とにかく、私たちが『死んだら神さまになって会おう』と約束した場所が靖國神社であり、その靖國神社を国家が護持しないということは、借金をしておいてそれを支払わないようなものです。
それはまだ我慢するとしても、靖國神社とは別の追悼施設をつくるなどというのは、死んだ人間に対する反逆、裏切りであります。
残された奥さんや子どもさんは大変お気の毒だったとおもいますが、亡くなった本人はお詣りしてくれる人がいるのだなあとつくづく思います。
お子さん、お孫さんと代々家でお祀りしてくれる人がいる。
しかし、独身で亡くなった私たちの仲間は、親兄弟が亡くなった後は 誰がお祀りしてくれるのだろう。
最近はついついそういう事を考えてしまいます。
そうしますと、簡単に『死んだら神様だ』と言いながら散華していった 人たち祀ってあげるのはやはり靖國神社しかないのです。


よく近現代史を語る際に、「同時代性という軸を持っていなければならない」といわれるが、この時代の同時代性とは、「死んだら靖国で会おう」と家族や戦友たちと誓い合った彼等英霊たちの意思と尊厳を尊重することにある。
私が江田五月の靖国解釈に嫌悪感を感じるのは、彼が専ら特定アジア三国の代弁者のように靖国の英霊たちを蔑み、お国のために戦った先人たちへの畏敬の念が欠片も感じられないからだ。

靖国神社の遊就館に、23歳の若さで戦死された陸軍軍曹佐藤武一さんに対し、お母様がから捧げられた花嫁人形がある。
ご子息の戦死から33年後に奉納されたその人形に、ご子息への深い愛情が綴られた手紙が添えられている。

靖国神社の花嫁人形武一よ貴男は本当に偉かった。23才の若さで家を出て征く時、今度逢う時は靖国神社へ来てくださいと雄々しく笑って征った貴男だった。
どんなにきびしい苦しい戦いであっただろうか。沖縄の激戦で逝ってしまった貴男。
年老いたこの母には今も23才のままの貴男の面影しかありません。
日本男子と産まれ、妻も娶らずに逝ってしまった貴男を想うと涙新たに胸がつまります。
今日ここに日本一美しい花嫁の桜子さんを貴男に捧げます。
私も84才になりましたので、元気で居りましたら又逢いに来ますよ。
どうか、安らかに眠ってください。有りがとう。



政治家は彼らの想いに報いてほしいと、切に思い、願う。
その前に一人の国民として、私は今年も参拝します。


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[ 2011/08/13 11:16 ] 史観 | TB(0) | CM(4)
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