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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2011年08月06日
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8月6日、広島原爆の日に思う

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広島、長崎に原爆を投下したとき、どのような口実がなされたか。日本として投下される何の理由があったか。
当時既に日本はソ連を通じて降伏の用意をしていた。連合国は日本の敗北を知っていた。それにもかかわらず、この残虐な武器を日本に投下した。しかも実験として広島と長崎に投下したのである。この惨劇についていろいろ考えなければならないが、しかし彼らの口から懺悔の言葉を聞いたことはない。
彼らは口実として、もし広島に原爆を投下せねば多数の連合国の兵隊が死ぬことを強調した。原爆投下は日本の男女の別、戦闘員、非戦闘員の区別なく無差別に殺すことである。いったい、白人の兵隊の生命を助けるために幾十万の非戦闘員が虐殺されることはどういうことなのか。
彼らがもっともらしい口実を作るのは、このような説明で満足する人々があるからである。

ラダ・ビノード・パール博士 1952年世界連邦アジア会議にて


今日8月6日は広島に原子爆弾が投下され、史上まれにみる大量殺戮が行われた日である。
寝ぼけ眼で黙祷をすませ、菅直人の無意味なスピーチを聞きながら徐々に目が覚めていく中、この非道な行為に対する怒りが改めて湧いてきた。

原爆によって焦土と化した広島
原爆によって焦土と化した広島

パール博士の言うとおり、米国による原爆投下は人類史上最大の人体実験である。
広島と長崎に投下されたものが、ウラン型、プルトニウム型という、違うタイプの原子爆弾だったことは、それぞれの型がどれほどの威力を持つものかの実験だったわけである。
殺戮されたのはほとんどが非戦闘員であり、これは非戦闘員の殺傷を固く禁じた国際法を全く無視した残虐行為である。
ところが、捏造された南京事件での非戦闘員殺傷を批判する勢力が日本国内にあるにもかかわらず(あくまでも南京は捏造)、原子爆弾による大量殺戮を批判することを、我々日本人は概ね拒んできた。
戦後の日本は明らかなダブルスタンダードの上に成り立ってきたわけである。
これは、江藤淳が証明したように、東京裁判と占領軍GHQによる検閲、言論封鎖等によって、連合国への批判が封殺され、一方的な自虐史観が刷り込まれた影響によるものだ。

今年の6月9日、スペインのカタルーニャ国際賞授賞式における小説家の村上春樹氏の受賞スピーチに、こういう件があった。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。


私は小説をほとんど読まないけれども、この村上春樹氏の「素晴らしい言葉です」というコメントを知り、同氏の小説は今後も読まないだろうと思ってしまった。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という、石碑に刻みこまれた言葉は、GHQによって強要され、刷り込まれてきた占領軍史観を丸出しにした愚文である。
池田信夫氏はブログに、「主語のない曖昧さが日本人の戦争に対する無責任な態度をあらわす悪文の代表とされてきた。原爆について謝罪しなければならないのは日本人ではなく、国際法違反の爆撃を行なった米軍である。」と書いた。まさに正論である。

核のない社会とは言うけれど、現実に戦略核兵器は存在し続け、その保有国のほとんどが第二次世界大戦の戦勝国であり、保有を承認する権限を持つのも同じく戦勝国である。
国連の常任理事国も、同じく第二次世界大戦の戦勝国。
つまり、強い者が発言権を得るという戦後体制は、66年も経過した今もそのままそっくり継続されているわけだ。
米国の次期大統領選でオバマが破れれば、核廃絶などという理想論は吹き飛ぶかもしれず、その理想論がご破算になったとき、東アジアの緊張は更に増すだろう。
翻って日本はというと、福島原発事故を奇禍として脱原発依存などという持論を振りかしながら、自身の延命をひたすら模索する恥ずべき首相が官邸を占拠している状況が続いているわけで、核保有国に囲まれた日本が、今後如何に存続を担保するかという議論は程遠い。
東アジアの緊張が更に高まったとき、悪意に満ちた周辺国に囲まれた日本が立ち往生するということがあってはならない。それを回避するのが政治の役割だ。

日本が核をまともに語るには、66年間刷り込まれてきた戦後史観や、まともな主権もない中で米国の妾として生きてきた戦後民主主義から脱却が必要だ。
幸い、横浜市をはじめとする地方の教育委員会が、自虐まみれの教科書ではなく、より公平な歴史を記述した育鵬社の教科書を採択する動きが出てきている。
原爆を投下されたのは日本が悪かったからだと、ひたすら覚えこまされてきた日本人が、本当の歴史を知り、その上で国民の総意をもって非核を宣言するなら私は従う。その前提ができていないから、やはり異を唱えていかなければならないと思う。

参考:
以前拙ブログでとりあげた、ベン・ブルース・ブレイクニーによる東京裁判の弁論。
「キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も承知している。彼らは、殺人罪を意識していたか?してはいまい。我々もそう思う。それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからである。何の罪科でいかなる証拠で戦争による殺人が違法なのか。原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認したものがいる。その者達が裁いているのだ。彼らも殺人者ではないか」



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