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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2011年06月23日
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菅直人に決定的に欠けている常識

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菅直人は今日、70日間延長した国会の課題について「私がやらなければならないことは、(東日本大震災の)復旧・復興と原発事故の収束だ。それに向け全力を挙げ、燃え尽きる覚悟で取り組んでいきたい」と述べたそうだ。
国民の大方が続投を望んでいないにもかかわらず、「3次補正は新総理で」と掛け合った岡田幹事長を怒鳴りつけ、「新体制」という言葉に書き換えさせた菅。 燃え尽きるかどうだか知らないが、もういい加減にして欲しい。

拙ブログではかねてから、菅が官邸を私物化しているという表現を用いてきたが、ようやく新聞各紙が異口同音に菅の延命・保身を糾弾しはじめた。
新聞というものは、とかく評判が悪いことを棚に置けば、あまり過激な表現を使用しづらい境遇にあるのだろうが、「今更かよ」という感は否めない。 朝日新聞がさじを投げ、毎日新聞までもが「自らの出処進退を材料にした〝けんか〟のレベルへ政策論議をおとしめた醜悪さは、歴史に記録されるだろう」と書くに至って、もはや新聞というマスメディアにおいて菅のサポーターは皆無となった。
もとより、政界、いや民主党内に限っても、菅の味方は自身のグループに属する議員ぐらいなものだろう。 付け加えるなら亀井静香ぐらいか。
閣内からこれほどまでに「辞めろ」コールを受ける総理大臣など、前代未聞である。

「エラそーに!」と言われるかもしれないが、菅に最も欠けている常識を指摘したい。
総理大臣は国政の最高責任者であることは疑う余地はない。
しかし時の総理大臣というものは、その任期において、国政を「預かっているだけ」なのである。
大臣の「臣」は、「君主に仕える人。家来。臣下。」という意味だ。
天皇陛下から認証を受けなければ国政に就くことはできず、その意味から天皇の僕という見解も成り立つ。
もしくは、主権在民という概念から考えれば、政治家は国民を代表して、もしくは国民の代理人として国政に就いているだけの話であり、国民の臣下ということも言えるわけだ。
少なくとも、政治や官邸を私物化できるような理論は存在しえない。

村山談話、菅談話の問題は、売国的行為である点は言うまでも無い。
しかしもうひとつの問題は、その任期に政治を預かっている政治家が、その国の国民感情を代弁するがとごく、それ以降の政権と歴史に連綿と引き継がれていくような歴史認識とお詫びという国民感情を定義し、ともすれば対外的に固定化することにある。
安倍晋三元総理をはじめとする良心的政治家が良く使う「後世の歴史家に判断を委ねる」という意味はそこにあるのだと、私は思っている。

総理大臣とは、そこまでわかっていてもらわなければ困る。
わかっていれば、官邸を私物化するなんてことは、ひっくりかえってもできるわけがない。
菅直人にはその常識がないから、総理大臣になる資格などなかったのである。
さっさとお遍路にでも行ってもらわねば、政治が壊れる。

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[ 2011/06/23 16:44 ] 政治 | TB(0) | CM(0)
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