私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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2010年の汚点 ~ 忘れてはならない菅談話

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政治と外交から見れば、この1年は戦後最悪の年だったように思える。
各紙が今後出してくるだろう「2010年10大ニュース」的なもので、まず筆頭に来るのが尖閣漁船衝突事件だろう。まさしく屈辱の事件だったが、この屈辱は政治が招いたものだ。
ただ、尖閣の件は他のブロガーさんが書いてくれるだろうから、私は、忘れ易い日本人が既にほとんど話題にしなくなった、菅談話を取り上げる。

この談話は、日韓併合100年にあわせ、仙谷由人が民主党内の反発を押さえ込み、執念で閣議決定にこぎつけたものだと言われる。
日韓基本条約という、国と国との固い約束を無視し、改めて謝罪をし、戦後補償再燃の危険を自ら作り出し、その後朝鮮王室儀軌を引き渡す約束までしてしまった。
朝鮮高校無償化適用の問題然り、この菅談話然り、9月の尖閣沖事件の処理に続く民主党政治の流れは、この政党が日本の立場よりも特ア国の立場を尊重し、戦後自虐史観にまみれた土下座外交を是としてきた事実を、如実に表しているものだ。

かつて村山内閣が国会で不戦決議を通し、かの有名な村山謝罪を発した際、江藤淳が「詐欺師だらけの時代」(「保守とはなにか」に収録)にこう書いた。

 我々は、国会には立法権を与えているだけのことです。立法のための代表者を国会に送っているだけのことであって、個々人の記憶まで委ねた覚えはない。個々人の思想、信条、感情、かけがえのない追憶といったものを国会に委ねたことは一度もない。
(中略)
 憲法上、国権の最高機関に位置づけられているとはいえ、一立法機関が全国民を代表して「不戦」とか「謝罪」とかという不遜な決議を通そうというのは、とんでもない詐欺行為というほかない。


菅直人、仙谷由人の主導した菅談話というものは、まさにこの詐欺行為にあたるのではないか。
私は、菅や仙谷に思想や感情を委ねるつもりはさらさらないから、彼等にそれらを代弁してもらっては甚だ迷惑である。
このふたりは、村山、河野談話の検証など、ろくにしなかったのだろう。
55年体制の打破のみが野党時代の命題であったがために、政権についたときの政策なぞ、理想論の域を出ないものだったのだと思う。そして彼等の理想とは、日本国民を日本人ではなく「地球市民」に作り変え、特アとの連帯を確認することにあったのだろう。

政治や外交の劣化は、なにも民主党だけの責任ではなく、その前に政権を執っていた自民党や、官僚の責任も大きい。
しかし今年の国難は、明らかに民主党政権が招いたと断言できる。
そして、もとはといえば政権交代を煽った大多数のメディアは、1年あまりで簡単に手のひらを返した。
何を信じればいいのか、国民はその拠り所を再考すべきと感じたはずだ。

国民ひとりひとりは、今年起こった様々な歴史の汚点を反面教師として、「来年はいい年にしたいな」と思っているはずだ。
しかし、いい年にするのは国民の選択にかかっている。
国民がいま欲するのは、解散総選挙という選択の権利だろう。


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[ 2010/12/31 08:43 ] 政治 | TB(0) | CM(0)
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