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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
私的憂国の書 TOP  >  2010年08月27日
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民主党代表選: 権力とその私物化

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今や、メディアは民主党代表選一色である。
9月の代表選までこの傾向は続くのだろうが、その途中で判断が発表される、朝鮮学校の無償化対象問題などの報道が軽くなる可能性がある事は警戒しておくべきだろう。

さて、今まさに一騎打ちで争われる権力。
代表がそのまま日本国の総理になる(ならない可能性もあるが)わけだから、日本政界の最高権力の争いと言うことになる。
で、そもそもこの権力と言うものに関しては、政治家が貪欲である必然性はあるだろう。
それぞれの議員は、志あって政治家になるのだろうから、日本をこういう国にしたいと目標を持ち、その目標を達成するために権力を渇望することは理解できる。
しかしこの権力の使い方については、反面的に、個人的想いなどというものは排除し、「ひたすら国家のために」という前提がなくてはならない。

何故こんなことを思うかと言うと、やはり菅談話なのである。
この談話、菅直人とともに、仙谷由人の個人的思惑が色濃いと言われている。
菅直人は、韓国に対して謝罪談話を発表した。
日韓併合100年の節目だから、何も言わないわけにいかないというのが、閣僚の言い分であるようだ。

しかし考えてみれば、時の首相というものは、その在任中、日本という国政を預かっているだけで、国家は首相に属した所有物ではない。
まして、その首相は時が来ればポストを降り、預かった国政を返上するわけである。
従って、個人的な想いで国家間の関係を著しく歪めるような、談話など発表してもらっては困るのである。
村山談話、河野談話、そして今回の菅談話は、その彼等が国政等を「預かっている時期」に、「国政を返上した後のことなど一切考えていない」という、悪しき共通点がある。
これは一言でいえば、権力をバックにした国政の私物化というべきものだ。
それで苦い思いを味わうのは、彼等が退いた後に残された国民であり、政治家なのである。

今回の民主党代表選、菅直人にしろ小沢一郎にしろ、権力を得て何をするのかという点を考えれば、憂鬱になってしまう。
菅直人は談話で前科をおかした。
そして小沢一郎は、得た権力で自らのカネ問題をうやむやにしようとするだろうし、朝貢外交で中国にすり寄り、輿石東等を担いで、日本の教育を破壊するだろう。
そして、鳩山由紀夫が「友愛の精神が足りない」と言って、自分の後継首相を貶めることも、はた迷惑な自身の理念や思想の押し付けであって、国政の私物化を部分的に継続しようとしていることにほかならない。
代表選の行方がどっちに転んだとしても、日本国にとっては害以外の何ものも産まない。


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