私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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時代に取り残される人々、その象徴としての田原総一朗

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 日教組の組織率が、昨年10月1日時点で22.9%と、過去最低を記録したそうだ。前年より0.7ポイント下げ、1977年以降、実に41年連続の低下だそうである。昔は、先生と医者は尊敬すべき存在として教えられた時代だが、その尊敬すべき先生方がのぼり旗をもって「〇〇はんたーい!」とか叫んでいる姿を見ると、その教えが恨めしくもなる。日の丸や君が代を脊髄反射で拒否し、日本は悪い国だと教える教育というのは、本当に国力を削ぐ。彼らの思想は、サヨク全盛の時代ではまだ聞く耳を持った人がいたが、今は拒否反応の方が多いということだろう。

 そんな時代に取り残されているのは、日教組の教職員だけではない。ジャーナリズムの世界にも、ひと昔前の思想や言論で、今の社会を説得できると考えている人がいる様だ。その一人が、かの田原総一朗である。田原のインタビュー記事がネットに掲載されているのだが、語っていることが相変わらず過ぎて、ネタ切れの感すら漂ってくる。

「子供心に大人は信用できない。国は国民を騙すものと思った。言論統制がなければ戦争は防げたかもしれない。だから僕は戦争を知る最後の世代として、言論の自由は体を張って守ります」


 戦争を知る世代が減少する中、実体験を以て戦争を語る人材が貴重であることは確かだ。しかし、そこに戦後民主主義的な思想が見えた段階で、話の信頼性が急激に薄らぐ。田原の「言論統制がなければ戦争は防げたかもしれない」というのは、あまりに一面的すぎる。そして、ジャーナリズムに身を置くものとしても失格だ。先の戦争は、言論が統制されたから起きたという、内向きの議論では全く不十分なのだ。田原は米国やABCD包囲網、白人至上主義のような外的要因をきれいにスルーしているが、そのような国際情勢があってはじめて、あの戦争は起きたのだ。そして、いま田原が身を置くジャーナリズムも、言論統制どころか、戦争を煽った側である。煽っておいて「言論統制が」というのは、ジャーナリストとして無責任極まりない。

田原総一朗


 私が最近全く見ていない「朝生」。先月末の放送は、「~女性論客大集合~ 激論!異議あり!ニッポン」という、女性パネリストを集めた回だった。その中で田原は、天皇についてブチ切れている。その論旨は、悲しくなるほど響かない。


 田原は、民主党政権下で俎上にのぼった女性宮家創設に関する有識者へのヒアリングで、こう述べていた

 【女性宮家】創設に基本的に賛成だ。当主の配偶者の男性は皇族に準ずる身分とし、子供も宮家(を継ぐこと)でいい。宮家の対象は小規模にするべきだ。旧宮家の復活に反対ではないが、だからといって「女性宮家はいらない」という意見は正しくない。(不必要との意見は)女性差別だ。男女共同参画社会になり、時代が変わったわけだから、女性宮家を認めないのはアナクロニズムだ。


 男女共同参画と皇室の伝統を同じテーブルに乗せて議論すること自体、論点の飛躍である。先月の朝生で田原が述べたことも、この有識者ヒアリングの内容と同じだ。要するに、二千年以上つづく皇統の議論に、つい先週語られるようになったようなジェンダーを持ち込んだということだ。これは、時代の先端を行っているようで、全くそんなことはない。今の価値観を、二千年の伝統に当てはめること自体が無理なのだ。

 田原は御年83歳だそうだ。そろそろ引退を考えた方がよい。彼の論法は、もう通用しないのだ。


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[ 2018/03/03 07:21 ] 史観 | TB(0) | CM(11)

いまだに護憲を唱える化石のような人たちの非現実性を嗤う

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 北朝鮮という国家は、日本の戦後、9条信仰を軸にした空想的平和論を粉砕する劇薬だともいえる。彼らの信仰によれば、日本は9条を持っていれば平和を維持できるというもので、世界平和のため、9条の理念を世界に広げようという理想論すら掲げていた。おバカな主婦が、9条を世界遺産に登録しようとしたという、笑えない有難迷惑もあった。そんな空想的平和論が、我が国の平和に何の役にも立たないどころか、ただの足枷と呼ぶべきものであることが、北の狂豚によって、証明されつつあるのだ。

 ところが、この空想から抜け出せず、ひたすら護憲を叫ぶ化石のような人たちが、国内にまだ存在する。下記は、しんぶん赤旗の記事である。

安倍9条改憲に反対 全国市民アクション結成 著名19氏発起人 3000万人署名を提起 (しんぶん赤旗)

8日発足集会

 安倍首相による9条改憲を阻止するため、広範で多様な人々を結集しようと「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が結成され、発起人らが4日、衆院第1議員会館で記者会見を行いました。3000万人を目標にした9条改憲に反対する一大署名運動を提起。「憲法改正の発議そのものをさせない世論をつくっていく」と強調しました。



9条 3000万人署名


 発起人は、著名な19氏(別項)。呼びかけに応えた個人・団体が参加して実行委員会が8月31日に結成され、8日には東京都中野区の「なかのZERO」大ホールでキック・オフ(発足)集会を開催します。

 会見では、発起人の一人で評論家の佐高信さんが発言。「改憲へと踏み切る動きが出てきたもとで、私たちも反対の動きをスタートさせ、幅広く戦線をひらいていきたい。安倍政権が狙うのは『壊憲』です」と訴えました。

 実行委員会には、「総がかり行動実行委員会」に参加する団体に加えて、「安全保障関連法に反対する学者の会」「安保関連法に反対するママの会」の有志なども参加。「九条の会」も「戦後日本と憲法の最も大きな岐路」だとして参加しています。「九条の会」が他団体と共同するのは初めてです。

 会見に参加した「九条の会」事務局の渡辺治さん(一橋大学名誉教授)は、「憲法改悪に反対することは、会の趣旨そのものです。先頭に立って活動する決意です」と語りました。

市民アクション 発起人19氏

 安倍9条改憲NО!全国市民アクションの発起人19氏は次の通り。(敬称略)

 有馬頼底(臨済宗相国寺派管長)、内田樹(神戸女学院大学名誉教授)、梅原猛(哲学者)、落合恵子(作家)、鎌田慧(ルポライター)、鎌田實(諏訪中央病院名誉院長)、香山リカ(精神科医)、佐高信(ジャーナリスト)、澤地久枝(作家)、杉原泰雄(一橋大学名誉教授)、瀬戸内寂聴(作家)、田中優子(法政大学教授)、田原総一朗(ジャーナリスト)、暉峻淑子(埼玉大学名誉教授)、なかにし礼(作家・作詞家)、浜矩子(同志社大学教授)、樋口陽一(東北大学・東京大学名誉教授)、益川敏英(京都大学名誉教授)、森村誠一(作家)


9条守れ 市民団体結束 3000万人署名目標 (東京新聞)

 会見で、呼び掛け人の一人の評論家、佐高信(まこと)さんは「再び戦争をしたい人たちを阻止していきたい」と訴えた。賛同団体の戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会メンバーの菱山南帆子(なほこ)さんは「北朝鮮のミサイルに対抗するものは平和外交しかない。不安をあおるのではなく、対話で平和を。憲法はそのための武器だ」と訴えた。
 実行委には、これまで他団体と共同行動をしてこなかった九条の会も参加。同会の事務局を務める渡辺治・一橋大名誉教授は「従来は地方の九条の会との調整や連絡を重視していたが、会の存立に関わる重大な転換点なので」と強調した。


 3000万人の署名を集めるとは大きく出たものだ。日本の人口はおよそ1億2700万だから、子供と老人を含めて4人に1人から署名を集めるという宣言である。これが巨大なブラフであることは明白だが、実現可能か否かは別として、注目を集める目的でこのような途方もない数字を出してきたのだろう。

 佐高信は、「再び戦争をしたい人たちを阻止していきたい」と宣言したようだが、現下の情勢で最も好戦的なのは、国連の勧告を無視して核・ミサイル実験を継続する北朝鮮であることは、誰が見ても明らかだ。彼らは護憲を至上命題としているが、撃たれないと反撃できない憲法の縛りは、我が国の防人たちの命を軽んずるだけでなく、北朝鮮や支那といった、日本を仮想敵国として捉えている国家には「なくてはならない」ものなのだ。この状況下で9条死守を唱えることは、北や中共の意図と見事にシンクロしており、もはや彼らは特亜のシナリオ通りに活動していると捉えられても文句は言えまい。

 そもそも、発起人の名前を確認するだけで胸やけがしそうになる。山口二郎の名前がないこと以外、お馴染みのメンツなわけで、こういう戦後の進歩陣営の残滓のような人たちがいくら声高に叫んでも、現実との乖離に矛盾を感じる人のこころには響かない。

 9条の会は「戦後日本と憲法の最も大きな岐路」との認識を示したが、確かにこれは2017年は歴史の転換点として刻まれるかもしれない。少なくとも、平和を愛し、信義と信頼のおけない国家が、すぐ隣にいることを、日本国民は知ってしまった。2017年9月の国際情勢は、憲法を改めるまたとない機会なのだ。


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[ 2017/09/06 07:09 ] 史観 | TB(0) | CM(13)

安倍政権が炙り出したバカな連中、朝日は宗教新聞の道をひた走る

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 「安倍政権はバカ発見器」というのは、、産経新聞社政治部編集委員である阿比留瑠偉氏の名言である。一昨日の3日、安倍総理が憲法改正に対する考え方を表明して以来、その「発見器」に引っかかった多数が、そのバカっぷりを惜しげもなく披露している。

 まずは民進党の蓮舫だ。蓮舫は民進党代表として談話を発表した。「衆参両院で3分の2を制しており、憲法改悪を数の力で達成することも厭わない姿勢さえのぞかせています」と言っているが、3分の2以上の賛成で憲法改正を発議できると、その憲法に書いているのだから、これは単なる言いがかりだ。「数の力のみで日本の国のかたちを変えていこうとする安倍自民党政権の暴挙に、民進党は正面から対峙してゆきます」とは、数がない側の単なるひがみだ。数の力は、安倍政権と与党が勝ち得たもので、言い換えれば民進党自身が献上したものではないのか。もう少しマシな反論が聞きたい。所詮、無理だろうが。

蓮舫


 その他の野党もロクな反論ができていない。自由党の小沢は、「国家権力の暴走を食い止めることこそ憲法の本質なのであり、これを全く理解せず、情緒的な反立憲主義の立場をとる安倍政権下での憲法改正は、全く認められない」と言っているが、その安倍政権に信任を与えたのは国民だ。国民主権を叫ぶのなら、その民意を蔑ろにする小沢こそ、国民の敵である。その他、社民党や共産党はいつも通りの首相の繰り返しだ。あえて引用するまでもない。

 さて、お馴染みの朝日新聞である。朝日は4日の社説「憲法70年 9条の理想を使いこなす」で、こう書いている。

 戦後70年余、平和国家として歩んできた日本が、大きな岐路に立たされている。
 台頭する隣国・中国と、内向きになる同盟国・米国。北朝鮮の核・ミサイルによる軍事的挑発はやまない。
 日本は自らをどう守り、アジア太平洋地域の平和と安定のために役割を果たしていくか。
 答えに迷うことはない。
 憲法9条を堅持し、先の大戦の反省を踏まえた戦後の平和国家の歩みを不変の土台として、国際協調の担い手として生きていくべきだ。


 全く意味不明だ。こんな駄文、よくも書けたものである。「台頭する隣国・中国と、内向きになる同盟国・米国。北朝鮮の核・ミサイルによる軍事的挑発」は、東アジアの安全保障環境が激変していることを物語っている。その激変に、日本が出す答えが「9条」だというのだ。安全保障環境のバランスの崩れに対し、迷うことなく9条を差し出せというのだ。安っぽい新興宗教でも、もっとマシな教義で信者を騙すだろう。

 中国や韓国との関係を考えるときにも、他国を攻撃することはないという日本の意思が基礎になる。侵略と植民地支配の過去をもつ日本は、その歴史から逃れられない。


 朝日の定義は、他国を一度でも領有した場合は、その国を再び攻撃してはならない、そのために、戦争放棄を謳えというものだろ。この定義を採用した場合、過去に侵略、植民地、奴隷といったあらん限りの搾取を続けてきた欧米列強など、すべて戦争放棄を謳い、軍隊を持ってはならないことになる。大いなる矛盾だ。何故日本だけにその定義を当てはめようとするのか。米国はインディアンの土地やハワイを占領した。中共も東トルキスタンやチベットを侵略した。いったい彼らは反省したのか。

 安全保障の文脈にとどまらない。戦前の軍国主義の体制ときっぱり決別し、個人の自由と人権が尊重される社会を支えてきたのも、9条だった。
 これを改めれば、歴史的にも社会的にも、戦後日本はその「骨格」を失う。戦前の歴史への反省を否定する負のメッセージと国際社会から受け取られかねない。その損失はあまりにも大きい。


 すべて9条のお陰だというわけだろう。戦後日本の「骨格」が9条だというのだ。しかし、この9条があったからこそ、日本は自力で国を守ることさえ考えず、逆に中共や南朝鮮のご機嫌をうかがうような外交したして来られなかったのだ。

 9条は日本の資産である。
 そこに込められた理想を、現実のなかで十分に使いこなす道こそ、日本の平和と社会の安定を確かなものにする。


 9条は資産ではなく、不良債権のようなものである。そこに書かれた理想は、現実の国際社会で我が国を守ってくれるわけではない。理想を掲げた9条と心中せよというなら、それは宗教における殉教となんら変わらぬものだろう。朝日の社員や信者はそうすればいい。だが、私は御免こうむる。

 朝日新聞は、やはり宗教新聞と定義すべきである。そして、その冠に「カルト」という文言を付けるべきだ。


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[ 2017/05/05 07:21 ] 史観 | TB(0) | CM(5)

安倍総理の改憲案 ~ 9条2項を残すのは「戦後レジームの継続」だ

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 安倍総理が、東京都内で開かれた憲法改正を目指す市民らの会合にビデオメッセージを寄せ、憲法を改正し、2020年の施行を目指す考えを表明した。戦争の放棄などを定めた憲法9条に、自衛隊に関する条文を追加することを挙げた。

 私はこのビデオメッセージを、猛烈な違和感を以て聞いた。その原因は、以下の部分である。

 私は、少なくとも私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、「自衛隊が違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきであると考えます。

安倍総理


 もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければなりません。そこで「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います。


 前段については、文句なしの大賛成だ。自衛隊という存在とその立場は、明確に位置づけられなければならない。護憲派はこの部分でさえ発狂するだろうが、大した問題ではない。違和感は次の段に起因する。

 安倍総理は、憲法9条の1項、2項を残す考えを表明した。だが、1項はまだしも、2項は排除すべきというのが私の考えだ。私のバイブル的存在である、江藤淳著「一九四六年憲法 その拘束」に、9条2項の問題点が的確に書かれているのだ。

 私がここで提起しようとしている問題は、本来ごく単純な問題である。それは、わかりやすくいえば、日本が憲法第九条二項の規定している「交戦権」を放棄したままで、果して平和を維持できるか、という問題にすぎない。

 日本は、少くとも今後二十年のあいだ、世界のどの地域で勃発するどんな戦争にも巻き込まれないで、平和に発展を続けなければならない。そのために、どれほどの叡智と、どれほどの賢さが必要であるかは、ほとんど測り知れないほどである。完全な主権を有する国にとってさえ至難なこの難事業を、主権を制限されている日本が、どうして遂行できるだろうか? 主権制限は、当然外交上の選択肢を制約する。持駒をすべて使いこなし、ありとあらゆる手段を用いても成功できるかどうか覚束ない戦争の回避を、いわば指先を縛られたままの状態に置かれた今日の日本が、どうして首尾よくなしとげることができるだろうか?

 「交戦権」の回復は、もとより戦争への道を歩むことを意味せず、実は核武装すら意味しない。それは主権の回復のみを意味し、日本が強制された憲法上の拘束によってではなく、自らの意思によって選択した基本的政策として、平和維持のあらゆる努力を継続することを意味するにすぎない。つまり、それは日本が通常の自由な主権国家となり、ふたたび自己の運命の主人公になるということを象徴する行為にすぎない。

江藤淳著「一九四六年憲法 その拘束


 江藤淳がこの「一九四六年憲法 その拘束」という論文を、雑誌「諸君!」に発表したのは、確か1980年のはずだ。今から37年も前の論文だが、この指摘は、いま現在の論文だったとしてもまったく通用するものだ。この指摘に対し、政治もジャーナリズムも全く答えを出してこなかったのだ。そこに風穴を開けようとする安倍総理の姿勢は、大いに評価する。しかし、9条2項を残すというのは、安倍総理の理念のど真ん中にあるはずの「戦後レジームからの脱却」とは真逆の考え方ではないのか。

 本来、交戦権とは、国家主権に内包されるものだ。その交戦権を認めないということは、国家の主権を自ら制限すること ―― つまり、日本は主権を回復していないという宣言でもある。私は1項にも問題があると思う一人だが、もし安倍総理の言う通り、「平和主義の理念を残す」という目的を達成するのであれば、1項を残せば十分だ。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と書かれている2項の条文と、「自衛隊の位置づけを明記」という目標が、両立できる条文は如何なるものなのか、もう少し説明が必要だ。少なくとも、9条2項は「戦後レジーム」そのものであり、私は破棄、もしくは改正すべきであると考える。

 もっとも、「安倍総理大臣は立憲主義を踏みにじって、自分のレガシーのために改憲したいのではないのかと疑ってしまう」と、ヘイトスピーチまがいの感想を述べる野党第一党の代表ほど救いようがないものはなく、憲法改正はこのメッセージで確実に俎上に載った。あとは内容の詰めである。NHKや朝日、毎日らが煩くなるだろうが、ネットが論破するだろう。

一九四六年憲法 その拘束 (文春学藝ライブラリー)
一九四六年憲法 その拘束



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[ 2017/05/04 07:16 ] 史観 | TB(0) | CM(17)

「幸せの豚」と憲法前文 ~ 北朝鮮は「平和を愛する国」であるか

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 先月亡くなられた渡部昇一先生監修による「中国が攻めてくる! 日本は憲法で滅ぶ」という本の中に、評論家の石平氏が「膨張する中華帝国にどう立ち向かうか」という論文を寄稿している。石平氏はその論文の中で、ギリシャ哲学に出て来る「幸せの豚」を引き合いに、憲法と戦後日本の問題点を指摘している。

 ギリシャ哲学には、嵐の大海原で船が難破する寸前の状況下、船で飼われている一匹の豚だけが夢中になって餌を貪っているという「幸せの豚」の話が出ている。それはまさに、戦後憲法の下で生きてきている戦後日本の姿そのものではないのだろうか。
 日本民族を「幸せの豚」にさせてしまった戦後憲法の性格が一番良く表されているのが、この憲法の前文にある、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という有名な文句である。
 「綺麗ごと並べ」とはまさにこのようなものであろうが、天真爛漫な女学生の書いた作文とそっくりそのままの「綺麗ごと」が日本国憲法の前文に堂々と記入されていること、それこそ、国家の存亡に関わる大間題となるのである。


 この指摘は、皮肉でも何でもない。いままさに、朝鮮半島情勢が動乱期を迎える可能性があるとき、憲法の欺瞞は我々日本国民に現実問題として降りかかるのだ。

日本国憲法公布


 石氏が指摘した部分は、憲法前文の第2パラグラフにある。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


 そして、前文の締め括りの部分では、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」と宣言している。前文に依れば、我が国の安全保障は理念に基づいて担保されるということになる。しかし、それは日本の独善的な理念であって、他国に強制できるものではない。他国の理念が相反するものであれば、簡単に無視されるものなのだ。それが、いま日本が直面している現実だ。

 昨日書いた通り、既に核兵器技術を持ったと思われる北の独裁者は、「南(朝鮮)が灰じんに帰し、日本列島が沈没し、アメリカ本土に核が降り注いだとしても後悔してはならない」と、国際社会に向けて発信している。明らかに、この国は「平和を愛する国」でもなければ、「公正」でもなく、「信頼できる信義」を持つ国ではない。そういう国が相手である場合、日本の「安全と生存の保持に対する決意」など、「知ったことか」と足蹴にされることは、小学生レベルでも理解できる理屈だ。

 北朝の朝鮮労働党機関紙・労働新聞が昨日、半島で核戦争が起きた場合、「米軍の兵站、発進、出撃基地になっている日本が真っ先に(核爆発による)放射能雲で覆われる」と警告したという。これでも彼等を、「平和を愛する公正な国」だと言えるのか。北朝鮮だけではない。中共は日本を仮想敵として位置づけ、尖閣諸島を脅かしている。南朝鮮とて、一応は西側の一員ではあるものの、世論調査によれば、国民の多くは日本を敵だと認識している。ロシアも我が国の領土を奪ったまま、金と技術をよこせと要求してきている。日本は、こういう国々に囲まれているのだ。

 今日、5月3日は、当用憲法の施行された日である。その施行日から70年が経過した中で、日本を取り巻く環境に変化がないならまだしも、現下の東アジアは、その情勢を国際社会が注視するホットスポットだ。理念で国を守れるというのは妄想であり、そんな現実はもともとなかったのだ。北朝鮮や中共が「目を覚ませ」と言っているのだから、空想的平和論者もそろそろ夢から覚めるときではないのか。



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