私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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関東大震災のときの摂政宮と、東日本大震災のときの今上陛下

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 3月11日が来ると、色々な想いが胸と頭を通過する。ある想いは怒りであり、これは時の政権の無能さに向けられるものだ。そしてやはり、強い想いは震災でお亡くなりになった方々、いまだ帰らぬ行方不明者に対する哀しみである。昨年のこの日にもこの写真のことを書いた。

昭和天皇のお写真

 津波に流されたがれきの中にあった、昭和大帝、香淳皇后両陛下のお写真である。「仲睦まじい老夫婦が、ご自宅の壁にかけていたのかな・・・」。そんなことを勝手に想像してしまう。色々な方々の人生が一瞬にして奪われた忌まわしい3.11である。

 かつて、「天皇は神聖にして侵すべからず」と規定されていた時代に、関東大震災が起きた。その時のことを過去のエントリーで書いたのだが、もう一度呼び起こしてみたい。

 関東大震災のあと、皇室はどう対応されたのか。

 震災が起きた1923年9月1日、大正天皇は御病気で、日光の御用邸でご静養中だった。東京におられたのが22歳の若き摂政宮で、後の昭和天皇である。

 若き摂政宮は震災当日は一睡もされず、徳川侍従次長より報告を受けられた。そして翌2日には、御内帑金一千万円を下賜された。当時の一千万円とは、今の貨幣価値で十億円を超えるとも言われている額だ。そしてその翌3日には山本首相を赤坂離宮に召され、その一千万円についての趣旨を伝えられた。

 そして4日には侍従武官を横浜、横須賀、東京市内に差遣されて慰問にあたらせている。7日になると、全国の御料林から材木を伐採し、急場の住宅建設用にと下賜された。さらに各宮家では、避難民のために庭園を開放され、さらに御座敷までも開放された。大富豪の大部分が門戸を固く閉ざし、一歩も入れない者が多いため、一般庶民からは怨嗟の声が高かったという。

 12日、震災から二週間と経たない時に、大正天皇のお名前に摂政宮が副署された詔勅が出される。詔勅では、「自分の天子としての徳がないからこのような震災が起きてしまうのだ」という趣旨が述べられ、また、「非常事態においては、平時の法規に拘泥せず、また機会を損ねて前後を誤るという愚を犯さず」と書かれている。

 15日、摂政宮自らが市内の視察を開始しておられる。総じて、「機会を損ねて前後を誤るという愚を犯さず」のお言葉通り、まさに電光石火のご対応だ。阪神淡路で自衛隊の派遣を逡巡した村山富市、4年前の大震災を自らのパフォーマンスの場として利用した菅直人のような人たちと比べることなど怖れ多いが、天地ほどの差がある。

 この昭和の大帝の先例を、今上陛下は十分にご存知で会ったのだと思われる。だから那須の御用邸を開放され、ご自身も被災地をまわられた。

被災地を訪問された天皇皇后両陛下


 ここに日本の歴史があるのだと思う。皇室と国民の紐帯は、震災を経験して更に強固になる。震災後、諸外国のメディアが現地に入り、現場で守られる秩序と被災者同士の思いやりの精神を世界に報道した。日本人以外には真似ができない姿勢、振る舞いに、世界が驚嘆した。更に突き詰めれば、世界広しと言えどもどの国にも真似ができないのが、日本の皇室と国民の信頼関係なのだと思う。

 震災に学ぶ点は数多あるが、日本における皇室の静かだが底知れぬ力も、「再認識した日本」のひとつだった。

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[ 2015/03/11 10:57 ] 皇室 | TB(1) | CM(6)

天長節によせて

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 何故故に、朝日新聞の慰安婦報道の検証に携わった第三者委員会の報告を、よりにもよって天長節の前日に行わなければならないのか。私もこの報告を待っていた一人だけれど、なにもこのイシューを御目出度い日の朝刊にぶつけてくるようなタイミングのはかり方をしなくても良いではないか。ちょっと腹が立った。

 天皇陛下は今日、81歳の誕生日を迎えられた。産経新聞のウエブサイトに掲載されたご会見の全文を読むと、この1年で印象深かった出来事として、赤崎、天野、中村3博士のノーベル賞受賞を冒頭にあげられたものの、その後は広島の土砂災害、御嶽山噴火、長野県北部の地震災害、多雪地帯での雪害を詳しく取り上げられた。御心が常に国民の安穏に向けられていることが手に取るようにわかる。

 陛下は、「先の戦争では300万を超す多くの人が亡くなりました。その人々の死を無にすることがないよう、常により良い日本をつくる努力を続けることが、残された私どもに課された義務であり、後に来る時代への責任である」と語られている。既に様々な文献で示されている通り、政治家も軍もメディアも戦争一色となった大東亜戦争突入の前、そのことを最も憂慮されたのが昭和天皇だった。だが、米国をはじめとする戦勝国は、日本人を戦争に駆り立てたのが天皇と神道だと決めつけ、占領後、徹底的にその伝統文化の破壊を敢行した。

 私たちの戦後対日政策には、神道と「天皇制」は本質的に戦争を創りだすものであるという考え方が組み込まれている。(中略)
 私たちは国家神道を廃止し、神社や神官に対する国費の支出を禁じた。私たちは、日本の歴史、道徳、地理から「軍国的」神話を、「祓い清める」までは、学校で教えてはならないと命じた。私たちは、全国に若いアメリカン人チームを派遣して、学校の教室に飾られている天皇の肖像、写真、博物館などにある神道関係の遺物は見つけしだい押収させ、天皇の政治権力を否定する新憲法草案の検討を始めた。そして、ついに天皇は私たちの「指導」に従って、次のような声明を出した。

(昭和天皇の「人間宣言」)

 アメリカの新聞は、この宣言を「神格の放棄」であり、日本人固有の戦闘的性格を矯正する第一歩であるとして歓迎した。


(ヘレン・ミアーズ「アメリカの鏡・日本」より

 また、ヘレン・ミアーズは、「伝統の力が強ければ強いほど、国家存亡のときには、戦争計画への国民統合に利用される」とし、「私たち(米国)は民主主義とキリスト教の名のもとに戦った」とした上で、こう書いている。

 「天皇制」と神道が本来、戦争を内包しているのに対して、民主主義とキリスト教は本来、平和であると私たちは主張する。日本の学童が天皇の肖像に最敬礼をしたのは、アメリカの学童が「国旗に忠誠を誓う」のと同じ国民的儀礼だが、私たちはそれを見ようとしない。


 ミアーズのこの一文は、日本の社民党や共産党、戦後の進歩陣営、支那や朝鮮らが、こぞって日の丸と君が代、ご皇室に戦争責任を押し付けようとするのと比較すれば、遥かに的を得た分析だといえる。中共や朝鮮には歴史も伝統もないから、この感覚がない。よしんばあっても、それを理解しようとしない。

 日本を占領した聯合国、とりわけ米国人は、天皇が本当に日本人にとっての絶対神だと思っていたらしい。きわめて浅はかな解釈だが、渡部昇一先生がこの解釈を一蹴している。

 天皇が神だというのは、西洋のゴッドと同じだろうと解釈したから、GHQは天皇に人間宣言をさせたんですよ。でも、日本の神はそうじゃない。集団の一番上という意味なんです。
 体の一番上は「髪(かみ)」ですね。それに、昔の大家族で下男下女がいるところでは、奥さんが「おかみさん」ですよ。下男下女の頭で命令するのが奥さんだから、「おかみさん」。それから一族の頭は「氏神(うじがみ)」です。武蔵国の一番偉いのは「武蔵守(むさしのかみ)」だし、中央官庁では左馬寮の一番偉いのが「佐馬頭(さまのかみ)」。そして、太政大臣は「一の上(かみ)」で天皇は「御上(おかみ)」。だから、神の由来は「おかみさん」と同じなんですよ。



 ご皇室というのは、神聖にして、実は我々の身近な存在なのだと思う。何より、陛下が国民を身近な家族としてお考えになっておられるのだから。

 11月末、大相撲九州場所で優勝を飾った横綱白鵬がインタビューに答え、涙ながらにこう語った。

 「この国の魂と相撲の神様が認めてくれたお陰で、この結果があると思います」
 「明治時代の初期。大久保利通という武士と明治天皇が(相撲という)長く続いた伝統文化を守ってくれたそうです。その中で天皇陛下に感謝したいと思います」


 この涙には布石がある。2010年夏、賭博問題で日本相撲協会が天皇賜杯の表彰を辞退し、涙を流して悲しんだ白鵬に対し、「おねぎらいとお祝い」という天皇陛下の言葉の入った書簡が届けられた。出自が違えど、日本の伝統と文化のなかで生きる者にとって、陛下のお気遣いは、言葉では表わし難いほど格別なものなのだろう。

 今上陛下のお誕生日を心からお祝い申し上げます。

アメリカの鏡・日本
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子々孫々に語りつぎたい日本の歴史
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[ 2014/12/23 11:51 ] 皇室 | TB(0) | CM(6)

34%という、喜びと落胆が入り混じる数値

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 一昨日の産経新聞で、見出しを見て喜び、その記事の内容を確認して落胆するものがあった。記事のタイトルは、「天皇陛下を「尊敬」過去最高に NHK放送文化研究所調査 日本への「自信」も高水準」というもので、記事の内容は下記の通りだ。

 NHK放送文化研究所が昨年10月に行った意識調査で、天皇陛下に対して「尊敬の念を抱いている」とした人の割合が過去最高の34%に達し、「特に何も感じていない」とした人の割合を初めて上回ったことが19日、同研究所の発表で分かった。研究所は「即位されて25年を過ぎたことや、東日本大震災後の被災者に向けた熱心なご活動などが影響したのではないか」と分析している。
 調査は昨年10月、全国の16歳以上の男女5400人を対象に実施し、3070人から有効回答があった。昭和48年から5年ごとに同様の調査が行われている。
 天皇陛下への感情は「好感」「尊敬」「反感」「無感情」などからの選択回答で、好感が35%と最も多く、尊敬は34%で5年前の前回調査比で9ポイント増加。無感情は同11ポイント減の28%で、過去最低となった。


 NHK放送文化研究所のサイトには、調査結果とその解説を掲載するPDFがあり、天皇陛下に対する意識調査の部分には、このような解説がある。

天皇に対して「尊敬の念をもっている」という人が、前回、今回と続けて増加して34%となり、最も多かった昭和天皇時代の33%と並んだ。天皇を尊敬する人の割合は、高年世代ほど多く若い世代ほど少ない。また、その割合は2000年代の初めころまでほとんど変わらなかった。しかし、この10年間はほぼすべての世代で天皇を尊敬するという人が増えた。


天皇陛下

 “過去最高”というのは、当然ながら歓迎すべきことなのだが、反面、陛下に尊敬の念を抱く人が国民の3人に1人しかいないという現実に、暗澹たる気持ちになるのだ。たしかに、尊敬する・しないは心の問題であり、他が強要すべきものではない。だが、この日本に生まれ、ご皇室の存在を感じながら生きてきたはずの日本人の感覚として、かなり残念な思いがする。この原因は何か。槍玉に挙げるべきは、教育と報道だろう。

 教育の責任は殊更重い。西村幸祐氏の「教科書は「天皇」と「自衛隊」をどう教えているか」に詳しく解説されているが、国史にとっての天皇という存在の意義は、対外的に言えば華夷秩序から自立する日本という姿勢であり、体内的には政治的権威としての極めて安定した存在だ。自由社の教科書は、「中国の皇帝と日本の天皇」という大コラムを置き、その決定的な違いを解説している。

 「日本における『天』の思想は、中国とは異なり、神話に登場する『高天原』に由来します。天皇の称号に『天』が含まれるのは、その高天原の神々の子孫という意味です。
 日本の古代国家が完成し、律令制のしくみが整うと、天皇はしだいに実験から遠ざかり、神々を祀る聖なる存在、あるいは国を治める権威となっていきます。そして、実際に政治を行うのは、太政大臣……征夷大将軍などであり、天皇は政治の正統性を保証してきました。歴史年表で、『元・明・清』などがあるのは、日本の『平安・鎌倉・室町』などの時代区分と似ていますが、その内容は全く違います。日本では所在地がかわっただけですが、中国では、革命によって王朝が倒され、別の氏族や民族が支配者となり、別の国がおこったことを意味するのです。


 子供たちがこの教科書で学びさえすれば(もちろん、教師のまともな指導もあってだが)、天皇の本質を理解するだろう。南鮮と比較すること自体がおぞましいが、南鮮は幼少時から「日本を恨むこと」をすり込んだ結果、あのような反日国家に成長して行ったのだ。このことは、教育が思想に与える影響の大きさを示している。

 西村氏は前述の著書のなかで、東京図書、日本文教出版、教育出版、清水書院、帝国書院、育鵬社、自由社の計7社の教科書記述を比較しておられるが、朝廷が征夷大将軍を任命したことすら記述しない教科書もあるし、また、育鵬社や自由社が西暦表記を原則としながら元号併記をしているのに対し、頼朝による守護・地頭設置の1185年、鎌倉幕府の1192年、関ヶ原の戦いの1600年、家康が征夷大将軍に任命された1603年など、育鵬社・自由社以外の5社はすべて、元号を表記していないのだ。天皇という存在を可能な限り隠しておきたいのだ。

 韓流ドラマがTVの番組枠を確保し、K-POPなるものがブームになっていた我が国において、潮目を変えたのが、李明博の「日王謝罪要求発言」だ。李の竹島上陸という暴挙が引き金になったという主張もあるだろうが、我が国の天皇陛下に謝罪を要求するという非礼に対する怒りが、韓流に終止符を打たせ、その後の冷えた関係の直接的な原因になったことは確かだ。日本人の心の根底にはご皇室に対する尊敬の念があるのだと、私は考えたい。

 反日メディアの淘汰も重要だが、教育の重要性はそれ以上に重要だ。教育がしっかりしていさえすれば、反日メディアは自然と淘汰されるのだ。



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[ 2014/05/21 07:30 ] 皇室 | TB(0) | CM(6)

奉祝 天長節 ~ 「五内為ニ裂ク」という御言葉を噛みしめよ

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 謹んで天長節をお祝いし、今上天皇の誕生日をお祝い申し上げます。

天皇陛下

 今日23日の天皇誕生日に、朝刊で今上陛下のことに触れた主要新聞は、読売と中日(東京)新聞のみであった。読売の主張は、陛下のご高齢を鑑み、ご公務軽減を検討すべきと言うもので、筋が通った内容だ。実際、宮内庁のウェブサイトにある「この1年のご動静」を読めば、御公務の内容、密度、頻度など、全てにおいて圧倒されてしまう。

 一方の中日新聞の社説は、陛下の御心情を都合よく忖度する、酷い内容である。

天皇誕生日 深まる国民とともに (東京・中日新聞)

 天皇陛下は傘寿、八十歳の誕生日を迎えられた。長い道のりを顧みてのお言葉から浮かび上がるのは、戦争への悲痛な思いと平和への願い、そして年々に深められる国民とともに歩む姿だ。

 誕生日恒例の宮内記者会との会見。この八十年を振り返って、陛下が最も印象に残っていることとして挙げたのは先の大戦。小学校入学時は既に日華事変、最終学年で太平洋戦争の終戦。陛下は戦争での犠牲者が三百十万人だったとの数字を挙げ「さまざまな夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと本当に痛ましい限り」と述べた。

 陛下にとって先の戦争での国民の犠牲は昭和天皇から引き継がなければならなかった負の遺産。終戦記念日、広島と長崎の原爆忌、東京大空襲、沖縄慰霊の日。皇后さまとともに続ける戦没者への慰霊の旅からは、負の遺産の償いきれぬほどの重さが伝わってくる。

 それゆえの平和。「平和と民主主義を守るべき大切なものとして、日本国憲法をつくり」「わが国の人々が払った努力に深い感謝」「知日派の米国人の協力も」。お言葉の端々に平和への強い願いと深い思いがこもっている。

 「天皇という立場にあることは孤独とも思えるもの」と陛下。その孤独の一端が、国民の圧倒的多数が戦後世代となり、戦争の悲惨も平和の尊さも知らなくなってしまっていることにあるとしたら、戦争に至った昭和の歴史や日本国憲法の制定過程はあらためて学び直さねばならないだろう。国として国民として忘れてはならないからだ。

 象徴天皇としての在り方を探ってきた陛下は、国民とともにあることを一段と深めているようにみえる。ことしも東日本大震災の被災者を見舞い、十月、初めて訪れた熊本県水俣市では水俣病患者と懇談、差別を恐れて病気を隠してきた患者に「真実に生きられる社会をみんなで」と異例の言葉をかけた。そして、自らの葬儀は、国民の生活に影響しないよう、陵の規模は小さく、土葬から火葬に-とも。それは理想とされる古来の天皇、無私の存在に通じるといわれる。

 年三百を超える公務、宮中行事。天皇、皇后両陛下が八十歳代となる再来年からこどもの日と敬老の日の施設訪問は若い世代に譲るという。皇室の未来のためにも公務は引き継がれ、宮家存続も考えられなければならないだろう。


 マスメディアには、影響力が大きい人物たちの言葉のなかで、自分たちのイデオロギーに合致する部分だけを切り取り、「この人物はこう言っている」と書くことで、自紙の主張の裏付けとする習性がある。天皇陛下のご発言を、今朝の中日新聞は反戦というイデオロギーを肯定するために利用した。

 今上陛下は、会見でたびたび、この先の大戦にかかわる痛ましき御心情を述べられている。これは、昭和天皇が終戦の詔勅で語られた「帝國臣民ニシテ 戰陣ニ死シ 職域ニ殉シ 非命ニ斃レタル者 及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ 五内為ニ裂ク」(口語訳:日本国民であって前線で戦死した者、公務にて殉職した者、戦災に倒れた者、さらにはその遺族の気持ちに想いを寄せると、我が身を引き裂かれる思いである。)というお言葉を踏襲されたものと考えられる。昭和天皇も今上陛下も、この「五内為ニ裂ク」を繰り返し、口語で仰られている。しかし、終戦の詔勅において、恒久の平和を祈念されているけれども、先の大戦が間違っていたなどという御言葉はない。いま、ご皇室は詔勅をお出しになる自由を奪われおり、御心情はこういった会見や御製で伺い知る他ないのだが、中日新聞の社説は、陛下の御心情を勝手に忖度した甚だ無礼なものと言わざるを得ない。

 国民とともにあるご皇室は、国民の喜びも苦労も、共に分かち合うという姿勢を堅持されている。その想いが「五内為ニ裂ク」に表わされていると、私は考える。

 今上陛下と皇后陛下の末長いご健康を、心からお祈りします。


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[ 2013/12/23 12:32 ] 皇室 | TB(1) | CM(3)

ご皇室の意味を理解しない、山本太郎の“不敬”手紙直訴

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 2年ほど前に、国会開会式に臨席される天皇陛下を衆参両院議員が整列してお迎えする際、陛下を携帯電話のカメラで撮影した民主党会派所属の莫迦議員がいた。この議員、実は陛下が国会に御出ましになるときには毎回撮影していたという。「毎回撮っているのに、何で今回だけ非難されるのか」と言わんばかりのケツのまくり方に、空いた口が塞がらない思いだった。

 いくら「開かれた皇室」の時代になったとはいえ、我々庶民は陛下のお姿を間近で拝見することは稀である。その意味では、折にふれて陛下のお傍に侍る機会を持つ国会議員は、国民の範となるべき立場だと思うのだが、たまに、常識とはかけ離れた議員の言動が報じられることがある。そういえば、秋篠宮親王に「早く座れよ」と暴言を吐いたハマグリなんとかという議員もいた。「開かれた皇室」を勘違いする議員が度々出てくるのは、由々しきことである。

 皇室に畏敬の念を持たぬ議員を輩出すると、このようなとんでもないことが起こる。2013年夏の参院選でも、ひとりの莫迦が議席を得た。そしてその議員が、とんでもない不敬をしでかした。

陛下に手紙を手渡すバカ

 脱原発というシングルイシューを掲げ、反日極左勢力の支援を受け、山本太郎は参議院議員となった。陛下が御出ましになる園遊会参列者の人選方法までは知らないが、その山本太郎が昨日、園遊会に参列し、なんと天皇陛下に直筆の手紙を手渡すという暴挙に及んだ。

 報道では、天皇陛下の政治利用にあたるという批判が多いが、これはそれ以前の常識の問題である。山本太郎は同日の会見でメディアに対し、「言いたいように言え。禁じられているとは聞いていない」と開き直ったが、この理論が許されるのなら、それは道徳や倫理の破壊を意味する。ルールは全て法制化されるわけではない。法律に依らない部分を、国民の常識が担保してこそ、初めて社会は成り立つのだ。子供じみた理論を振りかざすのもいい加減にしてもらいたい。

 またこれは、保安上の問題でもある。宮内庁には、園遊会の参列者人選方法見直しを求めたい。また、参列する全ての人物が必ずしも善人でないこともあることを前提に、保安強化を図って欲しい。山本太郎に限らず、手紙等に細菌や毒物を仕込む方法だってあり得ないわけではない。

 山本太郎は、政治利用を否定し、ただ「現状を伝えたかった」、「気持ちがあふれ出た」、「想いを伝えたかった」と弁明した。しかし、これは詭弁と言うべきものだろう。想いを伝えるという行為は、だた伝えたいという自己満足のために為される場合、大変迷惑な行為なのだ。山本の行動は、ご皇室を前に私欲を満たすた行為をしたのと同じである。原発作業員の環境の悪さを陛下にお伝えし、それをお聞きになった陛下に何を望むのか?陛下が「それは大変ですね。早速環境改善を進言しましょう」とでも仰ると思ったのか。

 山本太郎が理解していない致命的な部分とは、ご皇室は権威であり、権力ではないということだ。日本のご皇室は常に権威であり続け、権力から絶えず距離を置いてきた。「現状を知って欲しい」と山本太郎が直訴したところで、筋違いなのだ。「原発作業員の劣悪な環境」、「子どもたちの将来」を直訴するなら、山本に票を投じた有権者の代理人として、政治権力である政府に直訴すべきなのである。

--陛下は山本議員の中では特別ではないんですか

「この国の象徴であるという意味合いで、やはり全国民にとってはそれぞれ思いのある存在だとは思いますけれど」


 この記者とのやり取りに、山本太郎の皇室観がよく表わされているように感じる。「憲法に象徴と書いてあるから、解釈は人それぞれでしょ?」とでも言いたげだ。記者との他のやり取りを見ても、適切な敬語などは一切使っていない。

 山本太郎を田中正造になぞらえる莫迦が居て、山本自身も田中正造を知っていると語った。だが、田中正造は明治天皇に直訴することで死を覚悟し、妻に遺書まで書いている。山本太郎に田中と同じ覚悟はないだろうし、議員辞職という潔い身の処し方にすら、考えは及んでいないだろう。国会で厳しく処罰すべきである。


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[ 2013/11/01 07:29 ] 皇室 | TB(0) | CM(18)
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