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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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浪費される血税 ~ 文科省が守る「反日教育」という既得権益

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 2日の衆院予算委員会で、森友学園問題に関して安倍総理を追及した、立憲民主党の陳幹事長。こともあろうに、「もうこの問題(の追及)は嫌だ。はっきりしてほしい。いつまでやっているのか。追及しているほうが悪いのか」とキレていた。「全くよく言うよ。猿芝居もいい加減にしてくれ」と言いたくなる。森友は、野党の倒閣運動にとって、必要な材料となっている。野党にとって、真実など二の次である。とにかく、安倍政権を追い込めると思えば、徹底的にネガキャンをやるのがいまの野党である。正義の味方ぶって、国会で大声を上げているが、その言動に正義など無い。

 さて、その森友問題の震源地は財務省(近畿財務局)なのだが、教育行政も大きく絡む問題だけに、文科省はもう一人の主役である。加計問題でも、かの前川助平が「行政が歪められた」と政権を批判したが、彼らは単に既得権を守ろうと、必死に抵抗していただけだ。さて、その既得権の実情たるや、目を覆いたくなるような惨状だ。拙ブログでは、「韓国軍の蛮行は日本軍の分身の悪行だ」とする、北の工作員「徐勝(ソ・スン)」に血税がつぎ込まれている事実を批判した。しかし、事例は徐勝に留まらない。

 TwitterユーザーのCatNA(@CatNewsAgency)さんのまとめが衝撃を与えている。文科省および日本学術振興会が交付する科学研究費助成事業により行われた研究の採択時のデータや研究成果の概要等々をデータベースとしてまとめているKAKENから抽出したデータによると、日本国内における反日教育に対し、膨大な血税がつぎ込まれている現状がわかる。

金慶珠の科研費
・「日韓メディアの歴史認識報道における視点の対立軸研究課題」 2,990千円
・「新聞報道における情報構築の視点-批判的談話分析から見た日韓文化交流」 3,250千円
・「談話構成における話者の視点」 2,200千円

金慶珠


明治学院大学准教授・鄭栄桓の科研費
・「瀬戸内の島嶼・沿岸の朝鮮人社会に関する総合的研究」 4,680千円
・「日韓相互認識研究の深化・発展のために」 31,590千円
・「境界の島対馬の朝鮮人社会に関する総合的研究」 4,940千円
※親北派。朴裕河「帝国の慰安婦」批判の急先鋒

恵泉女学園准教授・李泳釆(イ・ヨンチェ)の科研費
・「海外民族動員運動として在日朝鮮人帰国運動の実態研究」1,950千円
・「戦後の記憶を問い直す-アジア・ポストコロニアリズム・ジェンダー」4,230千円
※メディアによく登場する市民活動家。靖國批判。

文教大学教授・山下英愛
・「北朝鮮ドラマとジェンダーに関する基礎的研究」 4,290千円
元挺対協。戸塚悦朗の妻(事実婚)。父は元朝鮮総連。

 一連のツイートはここにある。フェミ・ファシストの牟田和恵、しばき隊教授の五野井郁夫への研究開発費も公表されている。金慶珠はホリプロに所属し、瞬間的に論破されるデタラメを吐き散らして金を稼ぐ、電波芸者的な芸能活動も兼業だから、笑いが止まらないのではないか。

 学問は自由だ。だが、学問が国費によって助成される現実がある限り、行政が有権者のチェックを受けるのは当然だろう。出会い系パブに足しげく通った高級官僚が、頑なに守ろうとしたのが既得権益であったことは、今更繰り返す必要もない。その出会い系官僚は、朝鮮学校の補助に対しても積極的に関与し、今も外野から声を上げている。朝鮮学校が受ける補助も既得権益なのだ。このように歪んだ教育行政こそ、森友や加計のような案件よりも遥かに深刻だ。文科省が保護しようとする既得権益に、反日教育への国費の垂れ流しが存在することを、周知すべきである。

 既存メディアの一方的な情報散布の時代とは違い、いまはものが言える時代だ。私も、文科省に声を届けようと思う。

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[ 2018/03/07 07:08 ] 教育 | TB(0) | CM(9)

「韓国軍の蛮行は日本軍の分身の悪行」という教育に血税が使われる理不尽

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 南鮮の前大統領である朴槿恵に対する求刑公判がソウル中央地裁で開かれ、懲役30年、罰金1185億ウォン(約118億円)が言い渡されたそうだ。この求刑のレベルが彼の国にとってどの程度のものなのかは不明だが、懲役30年は現行の刑法上の上限だそうだから、非常に情緒的な求刑だと思える。南鮮の歴代大統領は、決まって不幸な「その後の人生」を送るが、朴槿恵も例外ではなかった。さて、文在寅の末路はどうなるのだろうか。

 求刑が、国民の情緒によって決まるのが南鮮という国の特徴だ。法治国家ではなく情治国家と言われるのは、ちゃんとした理由があるのだ。情緒はすべてにおいて優越する。この情緒は、彼らが生れ持った民族のDNAなのだろうが、他方、その情緒を利用して国政を運営してきた青瓦台である。そしていま、青瓦台にとって、進んで育てた国民の情緒に抗うことが不可能となっている。国際合意である日韓合意における「約束破り」も、国民の情緒におもねた青瓦台の対応だ。

 南鮮外交部の康京和が26日、国連人権理事会のハイレベル会合で演説し、2015年の日韓合意は元慰安婦救済に十分ではないと指摘し、「政府は被害者の傷を癒やし、尊厳回復のための手段をとる」と述べたという。日本を名指しこそしなかったものの、国際社会において「互いに非難・批判は控える」と定めた合意を明確に否定する発言だ。以前から拙ブログで述べてきたように、彼らは常に加害者を必要としているのだ。国をまとめるには、彼らは被害者であり続けなければならず、加害者など捏造してでも作り上げるのが南鮮という国なのだ。

 彼らは自分が加害者になったとき、その責任を都合の良い誰かに転嫁する習性をも持つようだ。立命館大学で特任教授を務める在日二世の徐勝(ソ・スン)の南鮮メディアでの発言が、ネット上で炎上している。

日本で過去清算に最も否定的な右翼らは韓国軍のベトナム人民虐殺事件に非常に高い関心を持っている。日帝の蛮行を糾弾する韓国人に「君たちがやったことはどうなんだ?」と言いたいのだ。
しかし、その蛮行はかつてアジアで日本軍が犯したことで、日本軍の伝統を受け継いだ韓国軍の暴力的な軍事訓練によって鍛練された日本軍の分身たちが犯した悪行ということを忘れてはならないだろう。


徐勝


 徐勝という人物は、学者というより活動家の経歴の方が印象的で、スパイとして国家保安法違反容疑でKCIAに逮捕された経歴を持つ。彼は南鮮での公判で、自分が北朝鮮の工作員であることを認めている。徐勝が1975年に逮捕されるに至った「学園浸透スパイ団事件」では、日本の北シンパが政治犯への同情論を掻き立て、朝日新聞も徐勝の母親のインタビューを同情的に掲載し、北への忠誠を見せた。土井たか子や菅直人が、拉致実行犯である辛光洙の釈放嘆願書を提出したことはあまりに有名だが、その嘆願書のなかに、この徐勝も含まれていた。徐勝は、こういう間抜けどもの援助を受け、日本に戻り、立命館大学で教授になってるということだ。

 いずれにせよ、南鮮軍の蛮行を、「日本軍の伝統を受け継いだ韓国軍の暴力的な軍事訓練によって鍛練された日本軍の分身たちが犯した悪行」とする論理が、的外れで、言い掛かりであることは言うまでもない。責任転嫁は強引すぎて、失笑を買うほどだ。しかし、最も問題にすべきなのは、こういう人物の教育に、補助金と称した血税がつぎ込まれていることだ。自民党の杉田水脈議員が衆院予算委員会分科会で取り上げているが、まさに問題の核心を突く質問だ。

「(立命館大学、ソ・スン教授は)ベトナム戦争における韓国軍の蛮行は日本から教育されたからと発言を繰返してる。全くのデタラメこういった事を発言する人の所に二千万円以上のお金が研究費として入ってる」


 モリカケ云々で文科行政が槍玉に挙がっているが、本当に糺すべきなのは、そんな些末な事柄ではなく、国民の血税を使った反日教育である。文科省も猛省と対応が必要だが、こういう工作員を雇っている立命館大学も、批判されて当然である。

 立命館憲章というものがある。その中には、「第2次世界大戦後、戦争の痛苦の体験を踏まえて、教学理念を「平和と民主主義」とした」とあり、おまけに「アジア太平洋地域に位置する日本の学園として、歴史を誠実に見つめ、国際相互理解を通じた多文化共生の学園を確立する」とまで書いている。まるで、戦後民主主義の標語のようなものだ。しかし、徐勝の言説そのものが「歴史を誠実に見つめる」こととは真逆の方向を向いている。立命館大学は、この徐勝の発言について、雇用者として説明する義務を負う。

 明日3月1日は、南鮮では「三・一独立運動記念日」だ。今度はどんな発言が出て来るのだろうか。


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[ 2018/02/28 07:08 ] 教育 | TB(0) | CM(3)

学習指導要領に“はじめて”竹島・尖閣は固有の領土 ~ 特亜を反面教師と市、健全なナショナリズムを育てよ

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 文科省が14日に発表した次期学習指導要領の改定案で、竹島、尖閣諸島が「固有の領土」と初めて明記された。今の要領は一部に北方領土の記載はあるが、竹島と尖閣諸島には触れていなかったという。

 初めて…と聞き、卒倒しそうになる。国家を形成する三大要素は、主権、領域、国民と言われるが、そのうち領域のことを今まで教えていなかったというのだ。いま平昌で冬季五輪が開かれているが、国を意識するのが4年に一度では、国家意識があまりに希薄だ。戦後日本は、日米安保体制に寄りかかり、憲法も放置してきたことで、国家を意識することをむしろ忌避してきた感がある。教育行政と教職員の側が、「国」という概念を嫌ってきたことによる部分もあるが、教育基本法に愛国的要素を取り入れることだけで国会が紛糾するのは、世界広しと言えども日本だけではないだろうか。

 分かり易いとは、このことだ。朝日新聞が社説で、この要領を真っ向から批判した。

 政府見解を知識として生徒に伝えることは大切だ。だが「これを正解として教え込め」という趣旨なら賛成できない。相手の主張やその根拠を知らなければ、対話も論争も成り立たない。他者と対話・協働して課題を解決する。それが新指導要領の理念ではなかったか。

 いま、政権批判や在日外国人の存在そのものを「反日」と決めつける風潮がはびこる。それだけに、日本の立場をひたすら強調する方向での記述の変更には、危うさを覚える。


 南鮮や支那の主張にも耳を傾けよ、というのだ。対話をする気がない相手に対して対話で臨めというのは、ボールが投じられないのにホームランを打てという論理と同じ。朝日は支那や南鮮を過度に尊重するあまり、南鮮や支那の立場を日本と同列に並べよというのだ。これこそ「反日」の象徴ではないのか。

竹島
我が国固有の領土、竹島


 竹島を「固有の領土」と定義したことに関して、南朝鮮がふたたび火病を発症している。南鮮外務省が、学習指導要領が発表された14日当日、「不当な主張であり、直ちに是正することを求める」と、我が国の駐韓大使を呼んで抗議したという。外務報道官論評では、今回の改定案が日本の青少年に誤った領土観念を植え付けるだけでなく、両国関係にも否定的な影響を与えると強調。「韓国政府は独島に対するいかなる挑発も容認せず、断固とした対応を取る」といきり立っている。

 教育は主権の一部であるから、「是正を求める」こと自体が主権侵害に当たる。ただ、南鮮民族はこと「独島」のこととなると殊更感情的になるが、これは領土教育の刷り込みによるものだろう。一方、日本人は、火事場泥棒的に南鮮に取られた竹島の歴史を知らなさすぎる。青瓦台の強硬な反応は、南鮮国民の過度な独島愛を背景にするものだろうが、日本政府には国民の理解が足りないのだ。この理解を、教育を通じて補完していくことは、日本外交を足元から強くする要素になる。教育行政の対応は遅すぎるのだが、今からでもこの基礎的な「領域教育」を推し進めていくべきだ。

 ただ、特定アジア三国は、反面教師である。彼らの偏狭なナショナリズムは、愛国日本の手本とはなり得ない。ワールドカップサッカーやオリンピックは、否が応にもナショナリズムが刺激される機会だ。ただ、自国の選手が敗れたからといって、ナショナリズムと怒りの矛先を、勝利した選手に向けるような偏狭さは良くない。平昌五輪のショートトラック女子500メートル決勝で、南鮮競技者の失格によって繰り上げ銅メダルを獲得したカナダ人選手のSNSが、南鮮ネットユーザーからの多数の中傷投稿により炎上した。中には殺害予告もあったそうだ。カナダ人選手がメダル授与式で号泣していた姿が痛々しかった。

 偏狭なナショナリズムは、えてしてその国民の恥となり、国際社会では非難と軽蔑の対象となる。日本が育むべきは「健全な」ナショナリズムであり、その基礎は教育を通じて形成していくしかない。


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[ 2018/02/16 07:09 ] 教育 | TB(0) | CM(12)

ネトウヨは「教育の失敗」と批判する、出会い系バー通いの元高級官僚

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 私は自分のことを右翼だと思ってもいないし、保守だと公言することも控えてきた。保守の何たるかがまだ自分の中で血肉化している自信がないというのが正直なところだ。しかし、ネット界隈では、私はネトウヨなんだそうで、他の左派系ブログで散々叩かれた経験もある。サヨク界隈にはネトウヨリストなるものもあるそうで、こちらからコメントしたこともないTwitterユーザーにブロックされていた、という現象もままにある。

 ネトウヨというのは、左派に対抗するネットユーザーを乱暴にひとつに括っただけのレッテル張りだろう。しかし、サヨク系のメディアや言論人の中には、保守派が憎いあまり、こういうレッテル張りで対抗軸を卑下する傾向があるようだ。元ではありながら、役人であった人までそういう呼称を使うに至っては、ボキャブラリーの無さに呆れる。その元役人が 前文部科学事務次官である前川助平(通称、喜平)だ。

前文部科学事務次官の前川喜平氏がネトウヨに言及「教育の失敗」(文春オンライン

能弁な寺脇にくらべて前川は控えめながら、ときおり驚くような発言をする。「『ネトウヨ』といわれる人たちは、きっと自己肯定感の低い人たちなんだろうと思います。『個の確立』ができていないのでしょうね。ある意味、教育の失敗だと思います。学び直す機会が必要なんじゃないでしょうか」

前川・前文科“出会い系”事務次官


教育行政の事務方の前トップから直々に「教育の失敗」と認定され、「学び直せ」といわれるネトウヨもなかなかに哀れである。「ひとりひとりの学ぶ権利の保障」を丁寧に説く前川だけに、その放言はいっそう際立つ。よほどネット上の批判が腹に据えかねたのだろうか。このほか、官房副長官(当時)の萩生田光一が事務次官会議で『シン・ゴジラ』を「ぜひ観るように」と話していた、文科省時代の前川のノートパソコンの待ち受け画像がチェ・ゲバラの肖像写真だった、などのエピソードも興味深い。


 さしずめ、私のような存在は、教育の失敗の典型例なのだろう。この「教育の失敗」ということばが物語るのは、役人の思い上がりだ。

 前川のような役人が考えている(いた)のは、教育のあるべき姿というものが、文科相の指針通りに行われるべきで、下々の者は文科省に従うべきだという論理だろう。つまり、教育は文科相が敷いたレールの上をただ走っていれば良いものだという、霞が関理論だ。示すものは、文科省に盾突くことなどあってはならないという上から目線の教育論であり、主従関係だ。

 前川が「教育の失敗」というなら、それを生み出したのも前川自身であり、文科省だ。彼らが殊更ネトウヨを否定するのは、ネットを中心に言論を展開する保守派が、前川や文科省が意図した言論の方向性から真逆の言論を展開しているからに他ならない。要するに、彼らが教育を通し、子供たちをある一つの方向に洗脳しようとしたという自白なのだ。

 文科省の元高級官僚からこのような発言が出て来ることに、ただ寒気を覚える。「学び直す必要がある」とうのも、極めて傲慢だ。正しいのは常に文科省であり、その教育方針であり、それに対抗すること自体が不勉強だと批判しているのである。

 ただ、正しい教育を論ずる人物が、売春の温床である出会い系バーに通う事実に対し、その人物に対する「教育の失敗」を主張してもよいだろう。前川はさも偉そうに言うが、売春幇助をしていた時点で、彼のことばには何の説得力もない。彼は既に「過去の人」である。


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[ 2017/11/27 07:08 ] 教育 | TB(0) | CM(16)

「聖徳太子抹殺計画」を阻止せよ ~ 歴史教育の改悪に抗議の声を!

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 日本人なら誰でも知っている聖徳太子。冠位十二階や十七条憲法を定めるなど、天皇を中心とした中央集権国家を推進した、国史では欠かせない偉人である。隋の皇帝で、暴君として知られる煬帝に対し、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや……」という外交文書を送ったエピソードはあまりに有名だ。「日が昇る国の皇帝(天皇)が、日が沈む国の皇帝(隋の皇帝)に手紙を送るよ。変わり無い?」ってなもんで、当然ながら煬帝は激怒したという。遥か1400年も前に、中華思想・華夷秩序を全否定し、「我が国は真の独立国家である」と宣言したのだから、現代の政治家にも見習ってもらいたいロールモデルである。

 その聖徳太子の名が、教科書から消されようとしている。2月14日に文部科学省が発表した次期学習指導要領の改訂案に、聖徳太子の名を「厩戸王(うまやどのおう)」という呼称に統一するという案が含まれているというのだ。厳密には、改定案には小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、中学で「厩戸王(聖徳太子)」とされている。時系列で解釈すれば、小学校で習った聖徳太子という人物のことは、正式には厩戸王と覚えようね、ということである。

聖徳太子


 何故か。文科省によれば、聖徳太子は死後につけられた呼称で、近年の歴史学で厩戸王の表記が一般的だからだそうだ。死後に付けられたおくり名/諡号は、古くは生前の事績への評価に基づいてつけられる名前のことだ。すべてではないものの、歴代天皇の呼称も諡号である。古くは大陸から伝わったものとされるが、長い年月をかけ、日本の伝統・文化に根付いたシステムである。従って、単なる学術的な名称のみでは、我が国の価値観は継承されないのではないか。

学習指導要領改訂案
中学校学習指導要領案(p.40)


 文科省の街区集指導要領改定案の論理破綻は、これだけではない。「鎖国」も、長崎や薩摩ではオランダ、支那などとの交易を許していたため、「幕府の対外政策」に改めるというのだ。文科省の担当者は「当時、鎖国という言葉は使われていなかったので、正しい言い方にした」としているが、この役人はバカなのか。

 昭和様の御代にあっては、陛下を「昭和天皇」とは呼ばない。今上陛下を「平成天皇」と呼んだら、「お前は日本人か」とツッコまれるのがオチである。奈良時代、平安時代、江戸時代なども、あとになってからついた呼称で、奈良時代の人々が自分たちの生きた時代を奈良時代と呼んでいたわけではない。こんなこと、小学生でもわかる論理だ。当時使われていなかったから呼称を変えるというなら、歴史教科書はほとんどすべてのページを書き換えなくてはならなくなる。2チャンネルには秀逸なツッコミがあった。

太平洋戦争のことも大東亜戦争って直さないといけなくなる


 この手の謀略は、既に実行段階に移されている。山川出版の教科書は、既に厩戸王が採用され、聖徳太子はカッコ書きになっている。検定を通っているということだ。

「推古天皇が新たに即位し、国際的緊張のもとで蘇我馬子や推古天皇の甥の厩戸王(聖徳太子)らが協力して国家組織の形成を進めた。603年には冠位十二階、翌604年には憲法十七条が定められた」


 摂政とも皇太子とも書かれず、単なる「天皇の甥」扱いだ。

 歴史上のことばの数々は、算数のように、1+1=2という計算式のみで答えられるものではない。学術とは別の次元に、日本人の紡いできた言葉の歴史があるのだ。文科省ではパブリックコメントを受け付けている。3月15日までなので、この指導要領に疑問を持った方は、是非この改悪を阻止すべく、声を届けていただきたい。

文科省パブリックコメントはこちらから



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[ 2017/03/02 07:08 ] 教育 | TB(0) | CM(15)
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