私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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竹島の日 ~ 学習指導要領に難癖をつける朝日新聞の愚

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 本日2月22日は「竹島の日」である。この記念日は、1905年(明治38年)1月28日に島根県への編入を閣議決定が為され、同年2月22日に島根県知事が所属所管を明らかにする告示を行ったことに由来する。竹島の日を定めた島根県の条例は下記のような内容だ。

竹島の日を定める条例(平成17年3月25日島根県条例第36号)

(趣旨)

  • 第1条 県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権の早期確立を目指した運動を推進し、竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、竹島の日を定める。

(竹島の日)
  • 第2条 竹島の日は、2月22日とする。

(県の責務)
  • 第3条 県は、竹島の日の趣旨にふさわしい取組を推進するため、必要な施策を講ずるよう努めるものとする。
  • 附則 この条例は、公布の日から施行する。


 県の条例であるから同然のことではあるが、この「竹島の日」には日本国の影が全くない。島根県が独自に制定した記念日であり、政府の関与は全くない、もしくは、政府は客観的な立場であるという体裁が、この日の実情なのだ。県がこの日に式典を主催し、国会議員がゲストで参加するという形態が常であり、国は主体的立場をとらない。領土にかける国家の意思・意欲の強さは、「独島」をプロパガンダ化している南鮮とは比較するまでもない。

日本固有の領土、竹島


 朝日新聞が16日、社説でこの「領土」を取り上げた。「領土教育 複眼的な思考こそ」と銘打ったこの社説は、小中学校の学習指導要領の改訂案で、「北方領土、竹島、尖閣諸島は我が国の固有の領土」「尖閣諸島に解決すべき領有権の問題は存在していない」という記述が盛り込まれたことに起因する。

 領土は各国のナショナリズムや利害がぶつかり合い、外交上の摩擦の要因になる。子どもたちが日本の主張を知っておくことは大切だ。

 だが政府見解は数学の公式とは違う。日本の立場の表明であり、それを学ぶのみでは現実は理解できない。教室で「尖閣に領土問題は存在しない」と教えても、中国船による領海侵入のニュースは流れる。

 領土とは何か。隣国はどう考えているか。いかなる歴史的経緯があるか。こうした事実を知って初めて、問題を深く、複眼的に見ることができる。


 まず、学習指導要領は、北方領土、竹島、尖閣諸島が日本固有の領土であることを教える方針は示しているが、「他の国の主張を教育現場から排除せよ」とは書いていない。朝日の書きっぷりは、要領が「領土問題は存在しない。以上!」と、他国の意見を徹底的に排除した上で教えるように指導しているかのように印象づけるが、それは事実とは違うだろう。

 例えば、中学校学習要領を見てみよう。文科省が公表した要領案にはこういう記述されている。

「領土(領海,領空を含む。),国家主権」については関連させて取り扱い,我が国が,固有の領土である竹島や北方領土に関し残されている問題の平和的な手段による解決に向けて努力していることや,尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題は存在していないことなどを取り上げること。


 これに対し、朝日は「決められた通りに教えることが従来以上に求められるのではないか。自国第一主義の風潮がはびこるなか、独自の工夫を偏向と批判する空気が広がれば、教員は腫れ物に触るような授業しかできなくなるだろう」と異議を唱えている。

 これは難癖というものだろう。朝日の主張は、指導要領が法的拘束力を持つがために、教員が委縮するというものだと推察する。しかし、領土を正しく理解することが自国第一主義に繋がるというのは妄想以外のなにものでもない。2008年、北海道教職員組合が「竹島問題は韓国の主張が正しく、島根県などが竹島の領有権を求める行為は、日本の侵略・植民地支配を正当化する不当極まりないものである」という論説を機関誌に掲載したが、これは「独自の工夫」でもなんでもない「暴論」だ。こんな連中が委縮するはずなど無い。朝日は「主権の主張=偏狭なナショナリズム」という薄っぺらい解釈でしか領土教育を考えられないのか。それとも、朝日は北方領土、竹島、尖閣の領有権について、何か独自の解釈でもあるのか。

 日本に北方領土、竹島、尖閣諸島の領土・領有権の解釈はひとつしかない。ひとつしかないから、それを指導すればよいだけの話だ。むしろ、政府がこのような指導要領を推進するなら、竹島の日記念式典等においてもその姿勢を態度で示すことを求めるべきだ。竹島の日制定や記念式典において政府が主体となってこなかったのは、単に南鮮への配慮が理由だろう。政府も外務省も、彼の国相手に配慮が何も生まないということを、いつになったら理解するのだろうか。


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[ 2017/02/22 07:08 ] 教育 | TB(0) | CM(21)

保育所の「国旗・国歌に親しむ」という新指針を「押し付け」とする、山尾の国家観

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 私が元旅行会社の社員だったころ、仕事柄、世界の様々な都市を訪れる機会を得ていたが、端的に日本と海外の違いを言えば、それは国旗の少なさである。ひとまとめに言うことはできないものの、例えば訪問がその国のナショナル・ホリデーに当たれば、街は多くの国旗で埋め尽くされている様を見る。対して日本の国民の祝日は、日の丸を掲揚する家は既に稀で、掲揚している公共機関や企業もあまりお目にかかることはない。

 GHQが日本の歴史を闇に葬ろうとし、その路線を戦後民主主義を妄信する者たちが頑なに踏襲しようとしてきたことは良く知られている。GHQは紀元節を廃止させた。紀元節が復活したのは、GHQこの祝日を廃止させてから18年後の1966年だ。このように、歴史は疎んじられ、国家に対する帰属意識が可能な限り薄められたのが、戦後日本の実態ではないだろうか。

 そんな戦後の風潮を少々するかのような質問が、昨日、国会で出た。質問の主は、ガソリーヌこと、民進党の山尾志桜里である。

民進・山尾志桜里氏 保育所での国歌・国旗に疑問 (産経)

 民進党の山尾志桜里前政調会長は17日午前の衆院予算委員会で、保育所に通う3歳以上の幼児が国歌や国旗に親しむことを明記した平成30年度からの厚生労働省の「保育所保育指針」改定案に疑問を示した。

 「子供たちが社会に愛されて社会に育まれていく。そういう環境を作ることで、子供たちの心に押し付けではない自然に社会を愛する、自分の生まれ育った国を愛する意識が芽生えていく。これが順番だと思う」と述べた。


山尾志桜里


 保育所保育指針改定案は、国家や国旗を強制しておらず、「親しむ」ことを掲げている。従って、押し付けという議論は当たらない。山尾の理論は、さしずめ、「私はこの社会に生まれた。そしてその社会が属するのは、たまたま日本という国だった」というものだろう。国というパラメーターが結果として後からついてくるという理論だ。しかし、これでは自分の国に対する愛着は育まれず、国旗を振るのは4年に1度のオリンピックと、ワールドカップサッカーぐらいなものになるだろう。これでは愛国心とは言えない。

 米国の例を見てみよう。私は米国に1年という短い期間暮らしたことがあるが、幼稚園から大人の会合まで、何かを始める前に、国旗に向かって胸に手を当て、「忠誠の誓い」というものを合唱する。

I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.
(私はアメリカ合衆国国旗と、それが象徴する、万民のための自由と正義を備えた、神の下の分割すべからざる一国家である共和国に、忠誠を誓います)


 あまりにその頻度が高いため、単語を覚える前に音で暗記してしまったほどだ。幼稚園の園児たちも、国旗に向かってこの文句を唱える。彼ら彼女らは、pledgeもalligianceの意味も分からないだろう。それでもこの言葉は刷り込まれ、それが米国の愛国心の柱を形成していくのだ。ある程度の刷り込みは、どの国でも行っていることであり、日本だからダメというのは筋が悪すぎる。

 国旗や国歌に対してこの程度の判断基準しか持たない民進党だから、二重国籍の持ち主を代表に据えても平気でいられるし、「国というものがなんだかよく分からない」という発想の持ち主を総理大臣にしてしまったのだろう。ズレているのは民進党である。愛国心が偏狭なナショナリズムに直結するなどと短絡的に思っているとしたら、国会議員など務まるはずがない。


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[ 2017/02/18 07:21 ] 教育 | TB(1) | CM(17)

カリモフ大統領の死去とテレ東の教育勅語批判

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 ウズベキスタンのカリモフ大統領の死去が、2日、発表された。日本のメディアはカリモフの独裁体制に批判的だが、技師出身であるカリモフが大統領になれた精神的な背景に日本人の存在があったことは、あまり知られていないし、報じられもしない。ポイントは、1966年4月、タシュケントの建造物の3分の2を崩壊させた直下型大地震で、びくともしなかったナヴォイ劇場、そしてその建立に携わった日本人たちにある。

 3年前の拙ブログ・エントリー「せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。」から引用する。

5月13日 参議院予算委員会 中山恭子議員の質疑より

中山恭子委員 麻生大臣は、ウズベキスタンでは、Taro Asoと呼ばれて大変尊敬されていらっしゃいます。カザフスタンのナザルバエフ大統領にもお会いになっていらっしゃいますが、中央アジアの国々での日本人の動きについて、ひとことお話いただけませんでしょうか。

麻生副総理 カリモフという大統領がおられるんですが、1997年だったと思いますが、日本の閣僚として初めてウズベキスタンという国に行きました。大統領と接見があって、我々同友会から数十人同行されたと記憶します。

 「子供の時、毎週末、日本人捕虜収容所に連れて行かれた」。ご存知かと思いますが、45年から46年にかけて、シベリアからウズベキスタンに2万5千人捕虜が移送されております。そのことを言っておられるんだと思いますが、

「その捕虜収容所に連れて行かれた。母親が私に言った台詞は毎週末同じだった。『せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。ロシアの兵隊が見ていなくても働く。人が見なくても働く。お前も大きくなったら、必ず人が見なくても働くような人間になれ。』 おかげで母親の言いつけを守って、今日俺は大統領になれた」。


カリモフ大統領


 なかなか一緒に行った私より、もっとご年配の方が多かったもんですから、非常に感激をしておられましたけれども、これは徹底して、この人が大統領でおられたために、色んなところにこの点は徹底して、今言われたナヴォイ劇場の話だと思いますが、これはナヴォイ劇場はその捕虜が建てたものですけれども、これはウズベキスタンの大地震の時に、このナヴォイ劇場だけが倒壊しないで残った。したがって、そこには、「日本人捕虜」と書かず、「日本国民」と書き直されて、我々は捕虜にした覚えはないので、日本国民によって建ててもらったということが書いてあるんで、これはウズベキスタンという国という中央アジアの中において大勢力ですけれども、この国において、日本人が非常に定着し、日本の文化というものが広まっていった基の基はその2万5千人にのぼる捕虜収容の、捕虜収容所に入れられた方々のひとりひとりのご努力の結果、今日の日本・ウズベキスタン関係、出来上がった基礎は、そこにあると、私も、伺った時そう思いました。

中山恭子委員 ありがとうございます。日本の文化のすばらしさをみんなでもう一度誇りを持って過ごしていきたいと思います。委員長、大変ありがとうございます。


 カリモフだけではない。ウズベキスタン中央銀行副総裁のアブドマナポフという人物も、子供の頃、日本人の働く姿を見たと言い、友人と一緒に日本人の宿泊所の庭先に、自家製のナンや果物を差し入れに行ったというエピソードもある。

 捕虜という身でありながら、勤勉さを失わず、責任感を持って仕事に取り組む日本人の姿は、ウズベキスタンの人々の心を打った。その日本人たちの行動の基礎には、現代日本で批判的に語られている教育勅語があったと、私は思う。

 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。(教育勅語の口語訳)


 テレビ東京が、園児が朝礼で君が代を歌い、教育勅語を復唱する大阪の塚本幼稚園を取り上げ、日本会議と結びつける批判的な報道をしたと、ネットで話題になっているようだ。教育勅語を「戦前の軍国主義の象徴」と断定し、民主主義の敵であるように言われているが、それは一面的な解釈にすぎない。カリモフやアブドマナポフが見たのは、その戦前の教育で育った日本人である。戦前がすべて悪ならば、ウズベク人が心を動かされた日本人の姿を説明できない。

 戦前はすべて悪であるというレジームから、そろそろ脱却すべき時ではないのか。



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[ 2016/09/04 09:40 ] 教育 | TB(0) | CM(13)

教職員の君が代不起立で停職は不当という判決 ~ 「思想・良心の自由」は万能か?

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 戦後の日本は奇跡的な発展を遂げ、一時は世界第二位の経済大国となった。一億総中流と言われるまでに生活水準は向上し、戦後からの復興は多くの国の見本となった。一方で、戦後日本は巨大なモンスターを生んだ。それが反日左翼である。今や彼らは政治、メディア、教育、司法の内部まで浸透している。

 中立公平を範とすべき法曹界にもサヨクは異常に多く、国連の人権委に慰安婦問題などをせっせと持ち込み、日本を貶めるべく、長く活動を続ける団体の中心にいるのは、弁護士連中だ。教育現場など、語るまでもない。日教組が幅を利かせ、平和安保法制を「戦争法」と貶め、「徴兵制」などというレッテルを張る最前線には労組が存在し、教職員組合はその中核を担っている。

 教育界が起こした訴訟に、司法の側が信じ難い判断で答えた。

君が代不起立、都の敗訴確定=停職取り消しと賠償命令-最高裁

 卒業式での君が代斉唱時に起立しなかったことを理由に停職処分を受けた東京都の公立学校の元教員2人が、都に処分取り消しなどを求めた訴訟で、2人の処分を取り消し、都に計20万円を支払うよう命じた二審東京高裁判決が確定した。最高裁第3小法廷(大橋正春裁判長)が、5月31日付で都側の上告を退ける決定をした。

根津公子と河原井純子
根津公子と河原井純子


 訴えていたのは、元養護学校教員の女性(66)と、元中学校教員の女性(65)。2人は2007年3月、それぞれ停職3カ月と6カ月の懲戒処分を受けた。
 二審は、不起立を繰り返した教員に対し、処分を機械的に重くする都教育委員会の運用は「自らの思想信条か教職員の身分かの二者択一を迫るもので、憲法が保障する思想・良心の自由の侵害につながる」と批判。停職3カ月の処分だけを取り消した一審東京地裁判決を変更した。


 訴訟を起こしていたのは、根津公子、河原井純子の2名。河原井に関しては知らないが、根津はある意味、筋金入りだ。Wikipediaで参照すればわかるが、「1994年3月、卒業式で、掲揚されていた国旗を降ろして減給処分」から始まり、おぞましい数の処分歴である。停職処分を受けた際、「処分は不当だ」として、なんと学校への出勤闘争を開始し、入校を拒否されるや、今度は校門前で座り込みを行うという、古きサヨクの行動様式を地で行っている。教師というより、活動家と呼んだほうが相応しい。

 今回、根津らが俎上に載せた国旗、国歌の問題だが、根津は過去に、国旗国歌法がオウム真理教のマインドコントロールと同じだと主張し、訓告処分を受けている。こういう異常な人物が、思想信条の自由の名のもとに勝訴してしまう我が国の憲法や司法の在り方は、やはり間違っていると言わざるを得ない。

根津公子
根津公子


 日の丸、君が代は日本軍国主義の象徴であるというのが、日教組らサヨクのプロパガンダだ。彼らがその先に見据えるのは、国家の解体、日本の伝統と価値観の破壊である。根津や河原井のやっていることは、思想信条の自由と記された憲法の寛容さに付け込み、自分らのプロパガンダに司法のお墨付きをもらうという破壊活動といってよい。こんな連中を司法が後押しするのだから、大橋裁判長は次の総選挙で罷免すべきである。

 自分らの我儘を押し通すために卒業式を妨害するという行為自体、教師以前に社会人として失格だ。これがまかり通るなら、社会生活を営む上での秩序というものがなくなる。こういう事象を目の当たりにすると、やはり憲法は改正すべきだと再認識する。


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[ 2016/06/03 07:16 ] 教育 | TB(0) | CM(12)

道高教組の「反安保法ビラ・署名活動」は氷山の一角

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 北海道という土地は、極めて左翼的思想が色濃いということを何度か書いてきた。新聞による地域住民の洗脳という点では、琉球新報や沖縄タイムズが沖縄で果たす役割と、北海道新聞が北海道で果たす役割は酷似している。なにせ、朝日新聞より左に位置する北海道新聞が毎日毎日、道民を洗脳し続けているのだから、バランスのよい思想を育むには環境が悪い。

 そういう土地柄だから、北海道教職員組合の活動もかなり過激だ。北教組といえば、2010年、竹島の領有権問題に関し、「韓国側の主張が事実に基づいている」という竹島南鮮領説の資料を作成し、組合員らに配布したことで、物議を醸した。今度は、安保法制反対運動だ。

高教組の苫西高教員が校門前で生徒に安保法反対署名求める (苫小牧民報)

 苫小牧西高校の校門前で4月下旬、道高校教職員組合(高教組)の苫小牧西高校分会に所属する同校勤務の教員が、生徒たちに対し安全保障法反対のビラ配布と署名活動を行い、これを問題視した学校側がビラを回収、署名活動も中止させたことが分かった。学校側は「極めて政治色の強いもので、配慮に欠けた不適切な行為」と判断し、保護者にも文書で今回のいきさつを説明し謝罪。一方、同分会は「正当な組合活動の範囲」と反論している。

 同分会が配布したビラは、『安全保障法=戦争法に反対する署名にご協力ください!』と見出しを付け、『安保法は戦争に巻き込まれる恐れの強い法律。廃止するため、今日放課後に校門前で戦争法に反対する署名活動をしますので、ぜひ協力してください』などと記している。(中略)


道高教組のサイトより(イメージ画像)
「教え子を再び戦場に送るな」のアピール


 丸山校長は教職員の組合活動に理解を示しながらも、「学校敷地外とはいえ、活動場所が校門のすぐ前であったことや、政治に関する一方からの見方だけを生徒に示したことから、学校の政治的中立性が保たれていないと生徒や地域住民から誤解を受ける恐れがあり、不適切な行為と判断した」と説明する。(中略)

 一方、同分会は「正当な組合活動の範囲内で計画したこと」と主張。同分会は、全国の高教組が一斉に進めている安保法反対署名運動の一環として今回の活動を計画。「生徒が自分の将来を決められるよう、安保法についてしっかりと考えてもらうきっかけになれば」との思いも込め、ビラを作成したという。学校側の要請でビラ回収や署名活動中止に応じたことに関しては「不本意ではあるが、組合活動によって立場上、困る人が出てしまうのも本意ではないので受け入れた」と話す。

 道高校教職員組合連合会は「学習塾や予備校などの営業活動も校門前で生徒に対して行われているのに、今回の件のみ問題になるのはおかしい」と学校の対応を疑問視する。(以下略)


 高校教職員組合は、日教組から分裂した組織である。対立から分裂に至っても、思想的には中身は同じとみていい。労働組合とは組合員(労働者)にとっての労働環境の改善、雇用の維持を目的とする組織であるはずなのだが、ニュースになるのは政治活動ばかり。それもとびっきり左側に突き出たトンデモニュースが多い。

 「『生徒が自分の将来を決められるよう、安保法についてしっかりと考えてもらうきっかけになれば』との思いも込め、ビラを作成した」などというのは詭弁というものだ。ビラの中身に「安保法は戦争に巻き込まれる恐れの強い法律。廃止するため、今日放課後に校門前で戦争法に反対する署名活動をします」と書いてあるのだから、しっかり考えることなく一方の意見に誘導する目的を持ったものだ。教師たるもの、このような誰にでも見破られる嘘をついてはいけない。


道高教組が作製した高校生向け憲法チラシ
(しんぶん赤旗より/2007年)


 道高教組連合会は、「学習塾や予備校などの営業活動も校門前で生徒に対して行われているのに、今回の件のみ問題になるのはおかしい」というが、一般企業の営業活動と違い、今回取り沙汰されたのは政治活動だ。苦し紛れの言い訳でしかない。

 道高教組か北教組か知らないが、2013年の参院選直後、とある高校の校門の前で「徴兵されるのは君達だ!」と書かれたビラを配った者もいたそうだ。今回問題視された活動は氷山の一角でしかない。


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[ 2016/05/08 11:14 ] 教育 | TB(0) | CM(11)
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