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私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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電凸はテロか!? ~ 苦情をテロと一緒くたにする津田大介を批判する

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 アートと政治をつなげるために活動するプロジェクト「ManiA」のミートアップが、17日、名古屋で開かれた。そこに、物議を醸したままのあいちトリエンナーレ2019芸術監督、津田大介氏も出席したそうだ。Business Insiderというサイトで、西山里緒という、ちょっと問題がある記者が伝えている。津田の発言には必然的に注目が集まるが、彼はその会合で、電凸を「組織化されたテロ行為」と呼んだ。

津田大介氏、あいちトリエンナーレ問題を語る。「組織化されたテロ行為」「展示再開はハードル高い」 (Business Insider)

今回の騒動で明らかになったのは、電凸(電話をかけて組織としての見解を問いただす行為)による被害の大きさ、そしてその実態を伝えることの難しさだった、と討論では語られた。
電凸による被害の経緯はこうだ。まず「少女像」を含む展示作品リストが公開された7月31日から、事務局に多くの問い合わせが殺到した。
8月1日を経ても、その電話はやまなかった。

「2日目の朝くらいには、事務局の電話がどれも鳴り止まなくなった。ようやく電話を切ったと思ったら、数秒後にまた次の電話がかかってくる、職員総出でそれに対応している状況になっていた」(津田氏)


内容は「ガソリン撒かれてもしょうがないんじゃないの」とテロをほのめかすようなもののほか、「(職員の)名を名乗れ」という要求も多かったという。
名乗れば、誰がどのような対応をしたかをツイッターなどで晒されることになる。公務員法による「氏名公開」の原則もあり、拒否をすることは難しいと津田氏は言う。

津田大介


さらに作品についての職員の歴史認識について問いただすなど「答えようがない質問を繰り返す、組織化されたテロ行為が現場を襲ってしまった」(津田氏)。電話での攻撃は、あいちトリエンナーレとは無関係の愛知県内の美術館にも及んだという。
8月2日には、複数の職員から「やめたい」という声が出てきている状態だったという。結果、事務局は8月3日に「表現の不自由展・その後」の展示の中止を発表した。

こんなに早く展示の中断を決断したのは、テロに屈したということ、毅然として対応しなければならなかったのでは、というご批判もいただきました。そのご批判はまったくその通りだと思います

一方で、その状況が続くことで現場でメンタルを病んでしまう人が出てまで、続けていいのか。あるいは本当にテロを実行するような人が出てきたらどうするのか。非常に苦しい立場に置かれた中であの決断をした」(津田氏)


 「表現の不自由展・その後」に批判が殺到したのは、既に様々な機会で伝えられている。「ガソリン撒かれてもしょうがないんじゃないの」というテロ行為を肯定するような言動は批判されて然るべきだが、抗議なそのような悪質なものばかりではなかっただろう。むしろ、その手の悪質な抗議は、抗議の中のごく一部だったと推察する。抗議の多さを「組織化」という短絡的な表現に結びつけるのはミスリードだ。津田や愛知県知事の大村が卑怯なのは、そういった悪質な抗議を殊更全面に出し、テロの示唆によって企画展が中止に追い込まれたという構図を意図的に作り出す点だ。

 津田は、電話による抗議を「組織化されたテロ行為」と言う。「組織化された」というのであれば、それを主導している組織の指導者にまで言及しなければならないと思うのだが、津田はそれについて語ってはいないだろう。歴史認識や歴史問題として議論がある対象を展示物として企画展に出せば、それに対する問い合わせがあるのは自然であり、当然だ。事務局であるなら、展示の内容物に応じて、想定問答集でも作っておくものだろう。

 津田の発言から読み取れるのは、津田や事務局、出展者らが「電凸というテロリズムの被害者である」という立場表明だ。津田は、既にネットで広く共有されている東浩紀との対談で、東の「天皇が燃えたりしてるんですか?」という問いに対し、「二代前じゃん。二代前になると人々の記憶も、二代前だし、歴史上の人物かな、みたいな。そういう捉え方もね」と発言している。つまり、津田は自ら煽ったのだ。自分から煽っておいて、抗議が来たら「テロ」だと批判し、自分がそのテロの被害者に成りすます。この津田の卑劣さは、最大級の批判を浴びて当然ではないか。

 知事の大村が組織する検証委員会も、お手盛りの報告書を出して幕引きで切るような状況ではない。事務局が受けた抗議の数と、その中のテロや暴力を示唆するような数を、監査付きで明確に報告すべきだ。


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[ 2019/08/19 07:07 ] 社会問題 | TB(0) | CM(12)

全責任を津田大介に転嫁して国民が納得すると思ったら大間違いだ

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 愛知県の大村知事は、河村名古屋市長の「表現の不自由展・その後」に対する発言について、「検閲だ」と批判し、憲法21条を持ち出して反論している。しかし、トリアンナーレ事務局(=県)も同じようなことをしているようだ。トリアンナーレのサイトには取材申し込みのページが存在するが、そこにはこういう記述がある。

誌面掲載、番組放送前に原稿を確認させていただいております。必ず校正段階での原稿・映像等を事前に広報専用メール(press@aichitriennale.jp)へご提出ください。

トリアンナーレの検閲


 報道する内容を、事前にチェックするというのだ。「検閲」とは公権力の側が表現物をチェックし、気に入らないものの発表を禁止する行為を言うが、県も県民にとって公権力に等しい存在であることを考えれば、これも立派な検閲ではないのか。

 メディアは、報道への公権力の介入には常に敏感だ。2015年、自民党が報道ステーションに対して「公平中立」を求める文書を出した件では、日本民間放送労働組合連合会が「報道への介入だ!」と講義し、こうした文書が「言論・表現の自由、番組編集の自由への極めて重大な侵害に当たる」と談話を発表している。今回の件ではそんな抗議は皆無で、朝日新聞などは「表現の自由大キャンペーン」をやる始末である。彼らの軸はいったいどこにあるのだろうか。

 さて、昨日の記者会見で大村は、「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた件についての責任を問われ、こう反論している。

「芸術監督の企画展なので、芸術監督が全責任を負う。中身ついては芸術監督の責任で仕切ってもらう。県は事務局として全体の円滑な管理運営を行う。それが役割分担」


 要するに、金だけ出して口は出さないというスタンスだということだ。しかし、これは本末転倒ではないのか。津田大介を芸術監督に任命したのは、他ならぬ大村知事だろう。当然、任命責任を伴うし、公金を投入している以上、企画展の内容についての責任も免れない。企画展の中止を最終的に決断したのは大村本人だ。その責任を津田大介ひとりに背負わせようとすることに、愛知県民や多くの国民は納得しないのではないか。

大村知事と津田大介


 大村本人は、8月2日の自身のツイートをすべて削除した。大村はこう釈明している。


 やれ憲法違反だ、他県の知事が哀れだと物議を醸すような発言をした張本人の弁明としては、あまりに軽い。大村は自らの発言によって炎上したのだが、あまりに逆風が強い過程に耐えかねたのか、ツイート削除という幕引きを図った。危機管理としては、あまりに稚拙である。

 大村は、「表現の不自由展・その後」と関係のないお知らせの関係者に対して迷惑をかけたといっている。しかし、天皇のご真影を焼かれ、将来世代の我々のために命を捧げた特攻隊員を侮辱された多くの国民に対する迷惑には一切言及しない。河村市長のお誘いもあるのだから、自ら設置を表明した「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」のようなお手盛り検証組織ではなく、国会で堂々と語っては如何か。


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[ 2019/08/14 07:09 ] 社会問題 | TB(0) | CM(5)

有田芳生こそ「バーバリアン」と呼ぶに相応しい

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 下記は、有田芳生大センセーによる、8月3日のツイートである。


 言っている意味がさっぱり分からない。日本政府は南鮮に対して敵対的な対応をしているわけではなく、敵対的になっているのはどちらかというの南鮮側である。彼らに輸出したものが他国に流れる、軍事兵器等に流用される危険性があるから、日本の責任として管理を強化したものだ。ホワイト国除外は他の一般の国々と並列になるだけで、敵対政策でもなければ差別でもない。

 「河村市長を尖兵とする匿名の圧力集団の跋扈」は、恐らく、例の「表現の自由展・その後」に対して苦言を呈した河村市長と、運営側に苦情を寄せた一般国民のことを指すのだろうが、そういった意見を持つ人は跋扈(思うままにのさばる)しているだろうか。どうも有田センセーは、被害者意識が強すぎる様だ。そういう勢力に負けているなら、同規模の陣営をまとめて対抗すればいい。そう、ひるまずに。

 さてその有田センセー、この1日前の8月2日に、またもやトンデモツイートを放ったようだ。

有田のツイート


 このツイート、さすがに反発を喰らったのか、現在は削除されている。キーワードは「バーバリアン」だ。バーバリアンとは、「野蛮人、未開人、無教養で野蛮な人」を指す言葉で、有田センセーは河村市長や菅長官を、文字通り「野蛮人」と呼んだのである。センセーは後日、「「バーバリアン」を「野蛮人」としか理解できないとは情けない」とツイートしているが、その意味を明らかにしていない。明らかにできないのだろう。辞書にはそれ以外の意味は載っていないのだから。

 有田センセーが芸術に造詣があるとは知らなかった。他人を「芸術的価値を理解できないバーバリアン」と批判すると言うことは、自分にはその価値を理解できるだけの知識や能力があるということになるが、センセーの芸術論など寡聞にして聞いたことがない。まぁ、平壌にその実力を評価され、工作を授かるほど有能な人物だとすれば、そういう一面もあるのかもしれない。大した人物である、このセンセーは。

 しかし、ひとつだけ言わせてもらえれば、観る人、触れる人に不快感を与えるようなものを芸術とするなら、私はその芸術に一片の価値も見出すことはできない。それを表現者や芸術家の自由だと言われたところで、そんなものは発信する側の自己満足であって、その自己満足に公金を使うことを是とすることはできない。加えて言うなら、有田大センセーが沖縄へ行ってヘイト活動を行う費用が税金で賄われていることも迷惑だと感ずる。

 文句を言うなら、河村氏や菅長官にではなく、企画展の中止を決定した大村愛知県知事に言ってもらいたい。最終的に表現の自由を奪ったのは、大村なのだ。河村、菅両氏がバーバリアンであるなら、有田センセーはそのバーバリアンツイートを削除せず、堂々と表現の自由を主張したらよろしい。ひるまずに、だ。


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[ 2019/08/11 07:16 ] 社会問題 | TB(0) | CM(16)

愛知県民は“この程度の人物が知事である事実”を心から憂うべきだ

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 あいちトリエンナーレにおける企画展「報道の自由展・その後」は、開幕早々に展示中止になったが、この件についての論争はいまだ活発に行われており、炎上状態が続いている。「表現の不自由展・その後 実行委員会」が展示中止に抗議する声明文を発表したほか、日本ペンクラブなども参戦。一方、愛知県など自治体にはいまだ多くの苦情が寄せられているようで、ひとつの国家的な社会問題にまで発展している。

 左派系の個人や団体が「表現の自由を守れ」などと叫び、声明やら運動やらを行うのはよく見る光景で、何の目新しさもないが、このトリエンナーレ問題で顕著なのが、政治家同士の対立である。いち早く批判的なスタンスを表明したのは自民党の保守系議員らだが、その批判的な陣営に維新も加わった。なかでも、大阪府の吉村洋文知事が、大村愛知県知事への批判を先鋭化させ、大村の責任を論じている。

 吉村氏は、この展示の実行委員会会長が大村であることを指摘し、「公権力を行使した明らかな反日政治活動である展示。しかも公共の施設で愛知県知事が委員会長を務めている」とした上で、大村の責任を追及する。

「特攻隊の写真の下に『間抜け日本人の墓』とか、昭和天皇の写真を焼く映像とか、明らかに反日プロパガンダ。こんな内容は開催前に絶対に気づく。わかっていて開催したのは公権力を行使しておこなわれたことで、辞職相当。しかも、3日目に知事は『公権力を行使して』止めさせた。それ自体どうなのか。知事は責任を取るべき」


 至極真っ当な主張である。大村は津田大介に対して「とんがった芸術祭にしてくれ」と要請していたというから、この2人はグルなのだろう。その「とんがった」内容が、慰安婦像であったり特攻隊への侮辱的な展示であったり、昭和天皇のご真影を焼いて踏みつける動画だったのだ。「とんがった」というのは、慰安婦報道の誤報を謝罪した際、朝日新聞が使った「角度を付けた報道」という開き直りと同類と見ていいだろう。

 大村も口だけでは負けていない。

大村氏、大阪・吉村知事の発言に「はっきり言って哀れ」 (朝日)

 一方、大阪府の吉村洋文知事が7日、大村氏が企画展の展示内容を容認したとして「辞職相当だと思う」と述べたことに対し、大村氏は「はっきり言って哀れだ」と批判。そのうえで「憲法21条の表現の自由についてまったく理解していないのではないか。公権力を持っている人がこの内容はよくて、この内容はだめだとずっと言っている。(吉村知事が常任役員を務めている)日本維新の会は表現の自由はどうでもいいと思っているのではないか」と疑問を呈した。(抜粋)


 もうこれ以上の議論は不毛だと思わせるような、不毛な主張だ。しかも、「哀れ」というのは「同情すべき対象」を指すことばであるから、かなりの“上から目線”とも言える。大村は吉村知事のことを「この程度のレベルの人が大阪の代表なのかと思いますよね。本当に驚きました」と言っているが、私ばむしろ、「この程度の人物が愛知県知事であることを、愛知県民は憂うべきだ」と申し上げたい。

大村知事


 大村はオウム返しのように憲法21条の表現の自由を繰り返し、それを金科玉条のごとく尊ぶ自分をアピールしている。しかし、同じ憲法第12条には自由権及び人権を保持する義務、その濫用の禁止について規定がある。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。


 要するに、あの愚劣な展示物が公共の福祉足り得るのかという議論が蔑ろにされているのだ。しかもそこには公金が投入されている。公共の福祉とは言えない展示物を、表現の自由として、公金を投入し、公的な施設で公務員を使って展示させるのは、愛知県側の「自由権の濫用」ではないのか。

 反日プロパガンダを、愛知県民の税金を使い、国の補助を受けながら“とんがった”展示物として公開する知事には、知事たる資質や資格が問われるべきだ。愛知県民こそ、この知事に怒りをぶつけるべきではないだろうか。


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[ 2019/08/10 07:16 ] 社会問題 | TB(0) | CM(14)

表現の不自由展 ~ 日本人へのヘイトを表現の自由と言い張る大村知事は即刻退場を!

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 今月1日に開幕したとたん炎上し、早々に中止が決まった国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展「表現の不自由展・その後」。いまもまだ、その炎上には鎮火の気配がない。展示の様子が「THE 正論」のサイトに掲載されているが、報道関係者には展示室内へのカメラの持ち込みと来場者へのインタビューが禁止され、一般の鑑賞者にはSNSへの写真投稿が禁止されていたという。「表現の自由」が聞いて呆れる。これも、異論を許さない“アチラ側の人々”の習性のひとつだろう。

 芸術監督を務める津田大介は、ある程度の炎上は想定していただろう。ただでさえかまびすしい日韓間の歴史問題や飛び交うヘイトという時の背景があり、今回問題視された展示物が、好むと好まざるとにかかわらず、耳目を集めることは容易に想像できたはずだ。しかし、3日に早々に撤退(中止)を決めた津田は、「リスクの想定、必要な対応は識者にも話を聞いてきたが、想定を超える事態が起こったことを謝罪する。僕の責任であります」と語っている。一部であったとされる脅迫やテロの示唆は容認しがたいが、南朝鮮の広報を買って出るような展示が引き起こす世論の反発を想像できなかったとするなら、こんな人物がメディアで偉そうにコメントする人物たるのか、その資格や資質を疑いたい。

 もっと度し難いのは、愛知県知事の大村秀章だ。

展示中止言及「憲法違反が濃厚」 大村知事が河村氏批判 (朝日)

 愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会が企画展「表現の不自由展・その後」を中止したことを受け、実行委会長の大村秀章・愛知県知事は5日の定例会見で、展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長らを「憲法違反の疑いが濃厚と思う」と批判した。

大村愛知県知事


 企画展は1日に始まり、慰安婦を表現した少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品など、各地の美術展で撤去されるなどした二十数点を展示。河村氏は2日、「日本国民の心を踏みにじる行為」などとして、展示の中止を求める抗議文を大村氏に提出した。また、日本維新の会の杉本和巳衆院議員(比例東海)も「公的な施設が公的支援に支えられて行う催事として極めて不適切」として、展示の中止を求める要望書を出していた。
 大村氏は5日の会見で、こうした行為について「憲法21条で禁止された『検閲』ととられても仕方がない」と指摘。「行政や役所など公的セクターこそ表現の自由を守らなければいけないのではないか。自分の気に入らない表現でも、表現は表現として受け入れるべきだ」と述べた。企画展の費用は420万円で、全額寄付で対応するとした。
 また大村氏は、中止を判断した理由について「安全安心を第一に考えた」と説明。5日朝にも「ガソリンを散布します」などと書かれた脅迫メールが県に届いたことを明らかにした。警察と協議するという。(佐藤英彬)


 大村が作り出そうとしている構図は、「表現の自由を推進する側」と、それを検閲なども駆使して阻止しようとする「表現の自由を制限する側」という対立構造なのだろう。私は河村市長の発言が検閲に当たるとは思っていない。検閲とは、「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、それらの発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること」という意味だ。一般的には、その表現物が日の目を見ないようにする行為であって、河村氏の発言は検閲には当たらないと考える。

 大村は、「行政や役所など公的セクターこそ表現の自由を守らなければいけないのではないか」という。当たり前の話だ。しかし同時に、税金を投入する事業である以上、県民の公益や福祉に資するものであるべきで、今回展示された昭和天皇の肖像画をバーナーで焼き、その灰を踏みつける行為がそれに当たるとは誰も思わないだろう。天皇への侮辱は、天皇を国家の象徴として戴く日本国民への侮辱に他ならない。その侮辱行為が表現の自由として許容されるのであれば、世の中の秩序だとか良識だとか、広い意味での常識の破壊ではないのか。

 たとえば、同じ企画展に展示された、これもそうだ。

表現の自由展・その後


 特攻隊寄せ書きが書いてある日の丸を上に置いた展示で、その題名は「間抜けな日本人の墓」。こんなもの、芸術はおろか、プロパガンダとも言えない、明らかな侮辱である。愛知県ではヘイトも芸術ということになるのか。表現の自由を御旗として掲げる大村は、この英霊への侮辱も自由な表現として許容すべきと主張するのだろうか。もしそうなら、私は愛知県民の方々に、大村知事のリコールを強く促したい。知事自身が、天皇を含む日本人に対するヘイトを推奨しているのだ。私は昔、愛知県民だったことももあるが、もし今も愛知県民だったなら、こんな愚劣なものに税金を使われるのは耐えがたいし、こんな知事は一秒でも早く辞めてもらいたいと思う。


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