私的憂国の書

民主主義を希求しつつ、日本における戦後民主主義を否定する。真の主権回復は戦後レジームの打破から生まれる。
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国歌斉唱反対に在日コリアンを利用する共産党の姑息さ

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 国家があれば、この国家の数だけ国歌がある。その歌詞は様々だ。例えばイタリア国歌を見てみると、なかなか刺激的な歌詞だ。これは、スポーツの試合の国歌斉唱時に歌われるパートの最後の部分だ。

皆の衆、歩兵隊を組め
死の覚悟はできておるぞ。
死の覚悟はできておるぞ、
イタリアが呼んでいる。
皆の衆、歩兵隊を組め
死の覚悟はできておるぞ、
死の覚悟はできておるぞ、
イタリアが呼んでいる!そうだ!


 この歌詞をこんな調子で歌うのだから、迫力満点。その他にも、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」では、「武器を取れ 市民らよ、隊列を組め、進もう 進もう!、汚れた血が 我らの畑の畝を満たすまで!」という歌詞も出て来る。ヨーロッパには、古代から戦争ばかりしてきた歴史があり、独立を守る意思を国歌に込めているのだろう。

 これに比べ、日本の君が代は穏健そのものである。武器も出てこなければ、血も出てこない。そんな穏健な国歌である君が代を、忌み嫌う人たちがいるというのが、私から見ると不思議でならない。

 先週、共産党の宮本徹が、教育出版の教科書に『国歌が流れたらみんなで一緒に歌います』と書かれていることを国会で取り上げ、「在日コリアンとか宗教上の理由で歌いたくない人がいるのだから、国歌斉唱を強制するな」と政府に要求した。「歌います」という表現は強制を示すものではなく、平易な表現を使うとすれば「歌いましょう」という勧めみたいなものだろう。ところが、共産党員はそうは取らない。「日の丸」や「君が代」というような、国民統合の象徴は、共産党にとって邪魔なものでしかないのだ。


 しかし、理由がお粗末だ。まず、宗教上で君が代を問題にした例を、私は寡聞にして知らない。西早稲田あたりの極左キリスト教集団がそういうことを言っているのは知っているが、彼らは国旗・国歌に難癖をつけるために、宗教を利用しているだけである。更に、在日コリアンを引き合いに出すところで、宮本は終わっている。

 在日コリアンは、日本に存在する外国人である。彼等にとって君が代は国歌ではないので、歌う必要はない。誰も、自国以外の国歌を歌えなどとは言わない。例えば、生徒に在日コリアンがいて、その生徒が歌いたくないというのであれば、彼・彼女の国家への忠誠心は尊重すべきだろう。教科書の「歌います」(意味として「歌いましょう」)は、そういう状況に配慮した、実にバランスの取れた文章に思える。

 宮本は、「君が代反対」を主張するのであれば、在日コリアンを引き合いに出すような姑息な手法を取らず、日本国民にとっての君が代を真正面から批判すべきである。彼は、そのような意見が国民の理解を得られないことを知っているから、在日を利用しているだけだ。

 「自分の生まれた国を好きで何が悪い!」。宮本のような共産党員には、この言葉の意味は理解できないだろう。なにせ、国家という枠組みを否定するのが共産党の党是だ。


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[ 2018/06/18 07:09 ] 社会問題 | TB(0) | CM(8)

「自分の生まれた国を好き」というだけで批判される国

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 そもそも国内の音楽に関しては友人がかかわったものしか基本的には聴かないので、私はRADWIMPSというバンドのことは全く知らない。このバンドの楽曲が物議を醸していることは知っていたが、それほど大きな広がりを見せるとは思わなかった。何故かというと、歌詞が愛国的であるという理由で楽曲を否定するのは、表現の自由に対する明確な侵害だからである。

胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮、誇り高く
この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊
さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に


 これが「軍歌のようだ」とか「愛国心を煽っている」などと批判されるというのだが、「軍歌のよう」で「愛国心を煽る」ものは社会的に抹殺されなければならないのだろうか。私はこの歌詞を「軍歌のよう」とも思わなければ、「愛国心を煽る」ものとは取らない。感受性は個人によって異なるのは当然だが、えらく敏感な人もいたものだとしか思わない。

 ところが、この楽曲を書いた野田洋次郎氏が「傷ついた人達、すみませんでした」と謝罪したあたりから妙な方向に進み、ツイッターで「HINOMARUに抗議するライブ会場前アクション」というアカウントが作られ、表現の自由が公然と展開される様相だ。このアカウントでは、3つを要求している。

  • 「HINOMARU」シングルを回収し、廃盤にすること
  • ライブなどで2度と歌わない事
  • 「HINOMARU」の内容と、これまでの釈明が間違っていたと早急に表明すること

 論評にも値しない要求であり、無視して全く問題ないと思えるが、それでも作者が謝罪に追い込まれるというのは尋常ではない。反日サヨクがかなりの妨害活動に出ているとみてよいだろう。

 作者の野田洋次郎氏は、楽曲の発売に際し、Instagramでこう語っている。

RADWIMPS HINOMARU


そして『HINOMARU』。
日本に生まれた人間として、いつかちゃんと歌にしたいと思っていました。
世界の中で、日本は自分達の国のことを声を大にして歌ったりすることが少ない国に感じます。
歴史的、政治的な背景もあるのかもしれません。色んな人がいて、色んな考え方があります。誰の意思や考え方も排除したくありません。

僕はだからこそ純粋に何の思想的な意味も、右も左もなく、この国のことを歌いたいと思いました。
自分が生まれた国をちゃんと好きでいたいと思っています。好きと言える自分でいたいし、言える国であってほしいと思っています。
まっすぐに皆さんに届きますように。


 残念ながら、野田氏の願い通りに、楽曲をまっすくに取らなかった人もいたようだ。また、真っ直ぐに取った故、過剰な反応を示した人もいただろう。ただ、「純粋に何の思想的な意味も、右も左もなく、この国のことを歌いたい」という意思は尊重されるべきだし、歌詞に嫌悪感を持ったとしても、それは単に聴き手と野田氏の気持ちのすれ違いであって、そのリアクションが批判とか吊し上げになるのは行き過ぎだ。まして、それを「二度と歌うな」と言うのは、自分の価値観を他者に押し付けているだけで、それは「傲慢さ」以外の何物でもないのである。

 津田大介は、「あの作品に批判が起きない方がどうかしてる。批判されて当然だと思ったし、あれをそのまま流すような社会は怖い。」というツイートをリツイートしていた。まぁ、彼の思想はそんなところだろう(苦笑)。


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[ 2018/06/16 07:24 ] 社会問題 | TB(0) | CM(10)

誰のための福祉か! ~ 外国人に悪用される日本の健康保険と医療制度

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 今から10年ほど前、三重県の伊賀市と桑名市で、在日韓国・朝鮮人の住民税を半額程度に減免していたことがわかり、物議をかもしたことがある。在日の住民税減免は、伊賀市で総務部長を務めていた人物が、土地登記の名義変更に多額の贈与税がかかると偽って、知人から現金をだまし取った犯罪を犯したことから露呈した。この措置は、民団や総連などの交渉(圧力)により、1960年代から始まっていたものとされ、伊賀市の税務課は、「関係した方から伝え聞いたことをもとに想像するしかない」としながら、「強制連行や差別などがあった時代に、(在日韓国・朝鮮人が)裕福ではなかったという情勢から判断したのではないか」と語っている。

 これは、行政の怠慢の一例である。仮に今から5~60年前に、在日が困窮していた事実があったとすれば、税の減免が特例措置として設けられたのは理解できる。だが、それはあくまで経過措置であるべきで、将来にわたって自動的に踏襲されるべきシステムではない。伊賀市や桑名市では、実際にこの特例措置は既に廃止されているが、少なくとも40年あまりのあいだ、在日がその恩恵を受けていたことは事実だ。日本人差別のひとつの例である。

 こういう税の減免のほか、日本のシステムを利用し、日本人ではない民族が、日本国民以上の恩恵を受ける例はまだまだある。最近になって提起された問題は、支那人の医療観光や、ビザを利用した保険制度の悪用だ。ダイヤモンド・オンラインに掲載された「中国人が日本の医療にタダ乗り!高額のがん治療で 」が、システムの穴を利用したあくどい手口を記事にしている。

悪用される日本の医療制度と健康保険


 手口は、日本で病気を治療する際に必要な「医療滞在ビザ」ではなく、「経営・管理ビザ」を利用した入国だ。「経営・管理ビザ」で入国し、3ヵ月以上合法的に滞在していれば、日本の国民健康保険の加入が義務付けられる。だが、こういう者たちは前年の収入がないため、負担は月額わずか4,000円だ。「経営・管理ビザ」をまともに見せるため、彼らはペーパーカンパニーを設立する。そして、わずかな出費で、日本国民の健康をまもるために作られた保険制度=医療費3割負担という恩恵を受けることが出来るのだ。つまり、我々日本人が等しく負担している保険料が、こういう何の負担もしていないに等しい外国人のために使われているということになる。生活保護制度を利用し、1円も払わずに高額ながん治療を受ける支那人も存在するそうだ。

 2010年、訪日外国人誘致のため、民主党政権が医療観光を強化する方針を閣議決定した。それまで日本に1年以上滞在しないと日本の健康保険に加入できなかったのだが、2012年には、その1年が「3ヶ月以上」と緩和された。これがすべての要因ではないだろうが、少なくとも、医療観光強化の方針に伴い、健康保険加入に必要な滞在期間が3ケ月へ短縮されたことが、支那人による我々日本人の健康保険悪用の導線にあることは疑う余地がない。

 週刊現代の5月26日号に、「中国人が中国で子供を産んで、なぜ日本が42万円も払うのか?」という記事が掲載された。これも、日本の健康保険、医療制度を悪用した事例だ。この記事では荒川区の例が採り上げられているが、荒川区はほんの一例であり、掘り起こせば、日本の多くの自治体で、こういう制度の悪用が横行していると思われる。

 この制度悪用については、自民党の杉田水脈議員らが国会で取り上げている。だが、「国民健康保険を悪用して外国人が高額医療を受けている件」について、厚労省はその件数すら把握していないという。海外に居住する人を扶養家族として加入させている悪用事例では、日本に居住する外国人の平均扶養家族数は平均でなんと約10人で、「20人以上」もざらだということが明らかになった。常識では理解できない数だ。扶養家族もいろいろあるが、つい数年前まで一人っ子政策を推進してきた支那において、扶養家族が二桁もいるという見え透いた嘘が堂々とまかり通っているのだ。これらはほぼ全て、日本人が積み立てた財産を、外国人が取り崩し、搾取していることを意味する。

悪用される日本の医療制度と健康保険


 自民党議員らの詰問に対し、厚労省は「人道的立場から外国人の人権も守らなければいけないので」との答弁を繰り返したそうだ。しかし、外国人の人権を守るためにこういう問題を放置するのは、日本人の人権はどうでもよいということに等しく、日本国民に対する人道にもとる。厚労省はいったい、誰のための役所なのか。

 外国人による土地、水源などの取得も同じだが、日本の行政は御人好し過ぎだ。法の穴が露呈しているにもかかわらず、その穴を塞がずに放置することは、国民への背信行為に他ならない。政治の責任も重い。少なくとも、「在留外国人への人道」を持ち出す“きれいごと”以前に、日本国民が被る不利益を解消する責任が、政治にはある。


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[ 2018/05/30 07:09 ] 社会問題 | TB(0) | CM(26)

危険タックル問題 ~ 会見で再認識したマスゴミのゴミっぷり

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 自分で言うのもなんだけれど、私はいわゆるアメリカンフットボールキチガイだ。NFLを追いかけてもう40年にもなる(笑)。毎年、スーパーボウルが開かれる日は有給休暇を取り、ゲームをライヴで観戦する。だいぶん昔だが、篠竹監督率いる日大フェニックスがショットガンオフェンスを採用し、大学アメフト界に敵なしという時代もあった。国内のアメフト事情にはそれほど詳しくないが、日大がこのスポーツにおいて強豪校だということぐらいは知っている。

 自称「通」である私から見ても、あのタックルはどんな理由を上げても正当化できない悪質なものだ。私が審判なら、あのタックルを犯した時点で、宮川選手は即刻退場である。米国なら、高校でも大学でも、ましてプロなら乱闘騒ぎになっただろう。宮川選手が後に記者会見し、潔く、真摯な態度で謝罪したことは評価できる。しかし、彼のタックルであったことには変わりない。彼の謝罪を必要以上に褒めたたえる空気には、若干の違和感を持つ。

 宮川選手への評価は、ある意味、日本大学の対応との対比で上がるのだろう。この一件での日大の対応は、初動から杜撰極まりないもので、危機意識や管理等のガバナンスがまったくなかった。一昨日、渦中の内田正人前監督と井上奨前コーチの記者会見が開かれ、その会見を仕切った司会の日大企画広報部、米倉久邦氏(元共同通信)の「仕切り」が批判を浴びているが、確かに火に油を注ぐかたちにはなったけれども、そんなものは単なる付録に過ぎない。

日大 内田前監督


 それにもまして、宮川選手の会見、内田、井上両氏の会見で感じたのは、マスゴミのゴミっぷりである。メディアはその言葉のとおり、事案・事象と受け手である庶民の「媒介」に過ぎないが、会見で散見された記者たちの言動は、さも自分たちが「国民の代弁者」であり、「正義の見方の使者」であるかのようなものだった。

 彼らマスゴミは、宮川選手に対してはよき理解者を装い、溢れんばかりのシンパシーを向けた。一方で、内田、井上の両指導者に対しては、居丈高に糾弾を敢行し、公開リンチを繰り広げた。危険タックル事案は、行動とその後の対応を含めて、大いに批判されるべきものだ。しかし、それを、レポーターの異様なまでの脚色を使って、大々的に批判キャンペーンを繰り広げるべきものか。北朝鮮の方がよほど切迫した国家の問題だろう。

 立民枝野は、日大指導者の開き直りを採り上げ、それを安倍政権批判に流用している。

「直接結びつけるのはいかがなものかと思うけれども、例えば日大のアメリカンフットボールの問題など、本当に色々なところで「安倍化」が進んでいる。こんな社会にしてはいけない。」


 「いかがなものか」と思うなら、喋るな。日大を利用して、北朝鮮問題等の国家にとっての重要案件を報じないマスゴミもマスゴミだが、日大を利用して安倍政権を批判する枝野も最低だ。

 NFLで生涯獲得ラッシングヤード記録で現在も歴代最高記録を保持するエミット・スミス。彼が通っていた高校のロッカールームに、その学校の哲学が記されている。

"Our mission is to use the game of football to teach young men how to be successful at home, in the classroom, in the community, and in life after football."

「フットボールを通した我々の使命は、若者たちに家庭、教室、地域社会、そしてフットボール後の人生で成功する方法を教えることだ。」

(出典:A Football Life: Emmitt Smith

 教育とはかくあるべきだ。日大のアメフトに携わる指導者たち、大学当局者は、この哲学や教育方針を少しは見習ったらどうか。

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[ 2018/05/25 07:08 ] 社会問題 | TB(0) | CM(21)

ゴミの日 ~ あり得ない仮説に踊る護憲派

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 昨日5月3日はゴミの日、別名「憲法記念日」である。祝日法では、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ことを趣旨としているそうだが、記念する事柄など何もない。

 例年の如く、護憲派はプロパガンダを血肉化すべく、集会を開いた。「5.3憲法集会2018」というのだそうだが、近年、こういう会に存在すべき「アイコン」(象徴的な存在)がない。広告塔としての存在が必要なはずなのだが、先陣を切ってスピーチしたのは、相も変らず落合恵子だ。護憲派野党も代表格の主力を投入し、スピーチしているが、市民運動の側の陣容は軽量級だ。

9.jpg


 産経ニュースにスピーチの詳報が出ているが、笑ってしまったのは、元朝日新聞記者の竹信三恵子だ。この人は、9条をなくせば、国民の福祉が削られ、軍備にカネがまわると説いている。

 「もしかして9条の枠を外したとします、何らかの方法で。今盛んにそれをやろう、やろうと安倍政権は言っています。それを外したら社会保障できますか。野放図に軍事費が増えていく。だれがそれに歯止めをかけるのか分からない。という状況にたっていることを改憲問題を論じるときに、改憲は問題ないと言っている人たちはどれくらいそのことを意識しているでしょうか。」


 あまりに短絡すぎて、失笑してしまった。竹信のロジックは、大戦前の日清、日露の戦争等で、国家予算の大部分が軍事費にまわされたことが、また起きるということなのだ。仮に時の政権がそんな財政を組んだとしよう。その政権は、間違いなく、瞬時に退陣を余儀なくされる。望むと望まざるとにかかわらず、大戦後の日本の繁栄は、経済第一主義で成し得たものだ。日本は諸外国に比べて豊かで、賃金水準も比較的高く、文化的生活を謳歌している民族だ。その大衆の生活を犠牲にした国家予算を組んだとしたら、その政権は瞬間的に斃れる。竹信は、極めて極端な例を仮説の根拠としているが、現実性がない仮説は無意味なのだ。

 同じ極論は、竹信が過去に在籍した朝日新聞でも展開されている。3日、朝日は、「安倍政権と憲法 改憲を語る資格あるのか」という社説を上げ、その中でこう論じている。

 「21世紀の日本の理想の姿を、私たち自身の手で描くという精神こそ、日本の未来を切りひらいていく」。首相は1日、新憲法制定を目指す議員連盟主催の会合にそんなメッセージを寄せた。

 透けて見えるのは、現憲法は占領期に米国に押し付けられたとの歴史観だ。人権、自由、平等といった人類の普遍的価値や民主主義を深化させるのではなく、「とにかく変えたい」という個人的な願望に他ならない


 朝日新聞は、ホントにバカの集まりである。改憲は安倍総理の悲願と言われるが、それを「個人的願望」というのは間違いだ。自民党は、自主憲法制定・改憲を謳う政党だ。安倍総理でなくても、憲法改正は党是なのだ。これまで、憲法改正という大テーマにチャレンジした宰相がいなかっただけであって、だれが総理になっても、「朝日にとっての危険」は消えない。朝日は安倍総理への私怨でできている新聞社だということだ。

 NHKの調査では、憲法を「改正する必要があると思う」が29%、「改正する必要はないと思う」が27%と、賛否が拮抗したそうだ。まだまだ改憲派の勢力が少ないのが現状だ。議論することをためらってはならない。拉致事件ひとつとっても、憲法が我が国の主権行使になんの役にも立っていないことは明白なのだから。


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[ 2018/05/04 07:31 ] 社会問題 | TB(0) | CM(9)
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