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 安倍首相と石破幹事長が会談し、3日に予定される内閣改造における石破入閣が決まったらしい。そもそも、「幹事長やりたい。安全保障法制担当相はやりたくない」と公共に向かって発言すること自体がおかしい。一般社会では、部下が上司に対して人事であれこれ条件をつけるという発想自体がない。条件付きなら首脳会談に応じるとしている支那や南朝鮮の姿勢と、何か共通する点があるようにも思える。今回の言動で、石破氏はかなり評価を落としたのではないだろうか。

 まぁ、朝日新聞が5、6日の詐欺記事の検証を掲載したとき、政府与党のなかでいの一番に「朝日記事の検証を議会の場で行うことが必要」と発言した点については、石破氏は評価できる。一方、その朝日については、今までメディアの偏向や捏造に興味が無かった層にまで影響が波及し、日を追うごとに退路を断たれつつあるように思える。文春や新潮の広告を拒否したことで、逆風は一層強まった。

 先日少しふれた朝日のCSR関連の冊子に、広告審査というセクションがあった。そこにはこう書かれている。

 広告によって読者が不利益を受けないこと、新聞の信用を傷つけないことが広告審査の目的です。問題と思われる箇所は、広告主に指摘して改善を求めます。掲載を拒否する場合もあります。本社の「広告掲載基準」に照らし、業界の公正競争規約も参考にします。また、広告審査部は広告に関する読者の問い合わせや苦情の窓口でもあります。


 文春や新潮の広告は、新聞の信用は傷つけるが、読者が朝日の実態を知る利益となる。朝日は、読者の利益より、自社の信用を優先したということだ。

 過日の記事「便所の落書きに等しい朝日新聞のコンプライアンス」でも書いたが、このCSR報告書を読んでいると、朝日新聞の体質がよくよく理解できる。その体質とは、言っていることとやっていることが真逆だということだ。別のセクション「報道と人権委員会」には、こういう記述がある。

 朝日新聞社や朝日新聞出版が発行する新聞、雑誌などの取材・報道で人権を侵害されたという訴えに対応するため、社外の識者で構成する常設の第三者機関として「報道と人権委員会(PRC)」を設けています。審理結果は「見解」としてまとめ、訴えた人の了解を得て紙面や朝日新聞デジタルで公表しています。
 2012年には、橋下徹大阪市長の人物評伝を意図した週刊朝日の記事について審理し、「記事は誤った考えを基調としており、人間の主体的尊厳性を見失っている」などとする見解を公表しました。朝日新聞出版は見解を受け、橋下市長におわびしました。その時々の報道と人権、記者倫理にかかわるテーマについても論議し、提言しています。


 人権に敏感な朝日が、「敵対する勢力の人権は無視してよい」という思想を具体的に示したのが、週刊朝日の「ハシシタ 奴の本性」だった。ここで朝日は、「橋下市長におわびしました」と書き、自社のバランス感覚を自賛している。だが一方で、今月初めの検証記事においては、人権・名誉を傷つけた対象に謝罪していない。その対象とは、強姦魔とされた帝国軍人であり、読者であり、国民だ。謝った記事を出した場合、取るべき手順は、「訂正⇒謝罪⇒検証」であるべきだと思うのだが、朝日はこのプロセスの訂正と謝罪をすっ飛ばしている。

 さらに嗤えるのは、「賛否両論考える材料提供」というセクションだ。オピニオン面についての説明である。朝日は、「政治も経済も文化も、大きく変わる時代です。さまざまなテーマについて、新聞は多様な意見を発信していかなければなりません」とし、社論と異なる立場の意見を適切なバランスをもって紹介していくことを力説している。

 このような紙面は、欧米の多くの新聞では「オプ・エド」欄として定着しています。これは「Opposite the Editorial Page」の略で、「社説の反対側にあるページ」という意味です。そこから転じて、社説と異なる意見をきちんと取り上げて多様な意見を展開する紙面となりました。オピニオン面は日本の「オプ・エド」欄です。朝日新聞は、こうした論議の舞台を整えることで民主主義の成熟に貢献したいと考えています。


 よく言えたものだ。両論併記はメディアの基本姿勢であるが、それを無視してきたのは朝日新聞自身だ。私は朝日新聞を購読していないが、昨年末の「特定秘密保護法」に関する報道において朝日は、社説、声、天声人語、社会面など、紙面を総動員して反対の論陣を張った。少なくとも電子版を観察する限り、両論併記などという状態は一切なかった。朝日は民主主義の成熟に貢献したいのではなく、社論に沿う思想へ、読者を誘導したいだけなのだ。

 秋の臨時国会は9月末召集と噂される。国会で議論する課題は山積しているが、この朝日の捏造報道について、我々国民の代理人である国会議員は、徹底的に議論、検証すべきだ。戦後守旧メディアの膿を出すのは、この時をおいて他にない。

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 昨日、朝日新聞デジタルを散歩していたら、「論壇委員が選ぶ今月の3点」という記事にぶち当たった。どうやら、朝日の御用論者が選ぶ雑誌記事など3点ずつをピックアップして紹介する趣旨らしい。あの慰安婦検証記事に出てきて、「20年前の新聞記事に誤報があったかどうかは、枝葉末節に過ぎない」とまで言い切った小熊英二が筆頭に掲載されている。で、小熊が推奨するのが「和田春樹「慰安婦問題 現在の争点と打開への道」(世界9月号)だ。いかりや長介さんじゃないが、「ダメだこりゃ」である。和田春樹は朝鮮メディアには重宝される東大教授だが、拉致事件に関して「横田めぐみさんは行方不明者」と言ったり、ラングーン事件の時に北朝鮮を擁護し、「日本は大局的見地から北朝鮮を孤立させるな」と論陣を張った極左だ。朱に交われば赤くなるというが、読者は赤化されぬうちに購読を止めた方が良い。

 今月5日、6日以降、慰安婦問題に関して沈黙を貫いてきた朝日新聞が、昨日28日、久しぶりに記事を掲載した。記事タイトルは、「慰安婦問題、核心は変わらず 河野談話、吉田証言に依拠せず」だ。記事を読んでみると、案の定、言い訳のオンパレードである。この記事の趣旨は、河野談話と吉田清治証言の間に因果関係はない開き直った上で、河野談話発出上には、吉田清治の作り話を16回に渡って掲載してきた朝日新聞自身の責任はないというものだ。朝日は、この期に及んでさえも、まだ読者・国民を誤魔化せると思っているのだろう。国民を見くびってもらっては困る。

 朝日新聞は、この32年間、読者と国民を騙し続けてきたのだ。朝日は故意ではないと主張しているが、「挺身隊と慰安婦を混同してしまった」という明らかな嘘をついた時点でアウトである。だから朝日は、その代償として、批判を浴びる立場にあるのだ。言論機関が言論によって批判されるなら、言論によって反論するのが基本だ。だが朝日新聞は、その批判を封殺しようとしている。既に広く知れ渡っている、週刊文春、新潮の広告掲載拒否の件だ。

朝日新聞 売国奴のDNA
一億国民が報道被害者になった「従軍慰安婦」大誤報!

 文春による「朝日新聞 売国奴のDNA」、新潮の「一億国民が報道被害者になった「従軍慰安婦」大誤報!」という文言は、中づり広告そのままに、新聞の広告欄に掲載される予定だった。だが、朝日がこれら広告の掲載を断った。この広告掲載拒否について、朝日新聞は「当該の広告は論評の範囲を著しく逸脱し、本社の社会的評価を低下させるものであり、広告掲載基準に基づいて掲載に応じられないと判断した」との公式コメントを出した。

 朝日は、勇んでスクープとして出した吉田調書の歪曲記事を、産経新聞とジャーナリストの門田隆将氏に批判された時、“名誉と信用”を傷つけられたとして、産経の東京編集局長と門田氏あてに抗議書を送っている。「社会的評価」、「名誉」、「信用」という言葉が朝日新聞から出てくるとは思わなかった。「ブラックジョークか?」と問い質したくなるコメントだ。

 この広告、まさにデジャヴだ。今年3月、拙ブログでも取り上げたが、朝日新聞は文春と新潮の朝日批判記事のタイトルについて、広告面を黒塗りにし、朝日新聞への批判を隠蔽した。「慰安婦問題 A級戦犯 朝日新聞を断罪する」というタイトルを、「●●新聞を断罪する」にした一件だ。

 この新聞は、昨年の暮れにかけて、特定秘密保護法に関する大反対キャンペーンを展開していた。「表現の自由」「国民の知る権利」を声高に叫び、ジャーナリズムが否定されるという論調で批判を拡散した。だが、3月の墨塗り広告も、今回の広告拒否も、この秘密保護法反対キャンペーンで叫んでいた「表現の自由」「国民の知る権利」を棚上げした、手前勝手な対応である。「売国のDNA」という、朝日新聞にもあった特定秘密を暴かれ、うろたえる大新聞。無様にもほどがある。

 文春の抗議文にあるように、この新聞はもう、「言論の自由を標榜する社会の公器」とは言えない。心ある日本企業は、アパグループに倣い、この新聞への広告掲載を停止すべきだ。

 読売新聞が28日から、「検証 朝日『慰安婦』報道」という連載を開始した。噂によると、長期の連載になるようだ。発行部数約987万部の新聞も、朝日包囲網の形成に本腰を入れたということである。良識派が切望する朝日新聞の葬式は、案外早くやってくるかもしれない。勿論、その日が来るまで、批判と追及の手を緩めてはいけない。

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 朝日新聞も必死である。あれだけの捏造報道を懺悔した後に取り得る方法としては、(1) ただただ平身低頭して国民に詫びるか、(2) 何事もなかったようにひたすら嵐が過ぎ去るのを待つか、(3) 批判をかき消すぐらい大騒ぎするか、のいずれかだろう。どうやら朝日は、(3)を選択したようだ。

 下記は、朝日新聞が早朝5時半過ぎに、電子版に掲載した記事だ。私は朝日を取らないからわからないが、署名入りということから考えても、恐らく朝刊にも掲載されていたのだろう。Yahooなどの配信上は途中で切れているようなので、朝日新聞デジタルから採取して、全文を転載しておく。夕方になって報道各社が後追いしているが、「朝日新聞の調べでわかった」と書いているから、社内ではスクープ扱いなのだろう。遡ること4月のネタだが、いわゆる戦犯といわれる方々の名誉を回復する法要に、書面で哀悼メッセージを送っていたという事案である。

首相、A級戦犯ら法要に哀悼メッセージ「祖国の礎に」 (朝日新聞デジタル)

 安倍晋三首相が4月、A級、BC級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に自民党総裁名で哀悼メッセージを書面で送っていたことが朝日新聞の調べで分かった。連合国による裁判を「報復」と位置づけ、処刑された全員を「昭和殉難者」として慰霊する法要で、首相は「自らの魂を賭して祖国の礎となられた」と伝えていた。
 メッセージを送ったのは高野山真言宗の奥の院(和歌山県高野町)にある「昭和殉難者法務死追悼碑」の法要。元将校らが立ち上げた「追悼碑を守る会」と、陸軍士官学校や防衛大のOBで作る「近畿偕行会」が共催で毎年春に営んでいる。
 追悼碑は連合国による戦犯処罰を「歴史上世界に例を見ない過酷で報復的裁判」とし、戦犯の名誉回復と追悼を目的に1994年に建立。戦犯として処刑されたり、収容所内で病死や自殺をしたりした計約1180人の名前が刻まれている。靖国神社に合祀(ごうし)される東条英機元首相らA級戦犯14人も含む。
 守る会によると今年は4月29日に遺族や陸軍士官学校出身者、自衛隊関係者ら約220人が参列。高野山真言宗トップの松長有慶座主がお経を唱えた。地元国会議員にも呼びかけ、自民党の門博文衆院議員(比例近畿)が出席した。
 首相のメッセージは司会者が披露。「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉職者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」とし、「今後とも恒久平和を願い、人類共生の未来を切り開いていくことをお誓い申し上げる」とした。
 守る会や関係資料によると、追悼碑建立は終戦後のフィリピンで戦犯容疑者として収容所に抑留され、嫌疑が晴れて復員した元陸軍少尉の発案だった。「冤罪(えんざい)で処刑された例が多い」との思いから、元将校や処刑された軍人の遺族らに寄付金を募って建立。元少尉が真言宗を信奉していたため高野山を選んだという。
 94年の開眼法要にはA級戦犯を合祀する靖国神社から大野俊康宮司(当時)が参列。靖国神社によると、その後は宮司は参列せず電報を送っているという。
 安倍首相は昨年と04年の年次法要にも主催者側の依頼に応じ、自民党総裁、幹事長の役職名で書面を送付。昨年は「私たちにはご英霊を奉り、祖国の礎となられたお気持ちに想いを致す義務がある」「ご英霊に恥じることのない、新しい日本の在り方を定めて参りたい」と伝えていた。
 守る会などによると、安倍首相には地元国会議員の事務所を通じてメッセージを依頼した。首相経験者では森喜朗氏が首相退任後に一度衆院議員の肩書で送付してきたが、ほかに例はない。今年は岸田文雄外相にも依頼したが、承諾を得られなかったという。
 安倍首相の事務所は取材に「お答えするつもりはない」、自民党総裁室は「党としては関与していない」と答えた。(鈴木拓也、渡辺周)


 この記事をツイートしたものを観察してみると、概ね批判的なものが多いように思う。中でも笑ってしまったのが、「ポツダム宣言違反だ。政治家の資格が無い」という、“市民ネットワーク”を目指す人のツイートだ。ポツダム宣言のどこをどう読んだら、この追悼文が違反になるのか、いくら考えても答えに到達できないが、まぁ在特会や保守速報さんを訴えた李信恵を支援するカンパを呼び掛けるぐらいの方だから、お里が知れようというもの。

 この朝日の記事の異様さは、いわゆるA級戦犯とされる14人を針小棒大に引き立たせることだ。朝日にとっては、単なる1180分の14ではない。後追いしたNHKの報道でも、方向性は同じだ。NHKは、この法要を「A級戦犯などを追悼する法要」と伝え、あたかも14人が法要の中心であるように印象操作した。朝日にとってもNHKにとっても、この追悼メッセージを靖國参拝と同質のものとして捉えようとする意図がある。これは、支那や南朝鮮のメディアと全く同じ立脚点だ。

 朝日新聞のマッチポンプには、南鮮メディアが敏感に反応する。これが中央日報の手にかかると、内容は「戦犯を称賛」になり、「戦後秩序を完全に否定する団体と意を共にしていると解釈できる」となる。エサを与えられて嬉々とする朝鮮メディアの顔が目に浮かぶようだが、これで朴槿恵との首脳会談が遠のけば、逆に歓迎すべきことだ。

 ツイートを閲覧すると、「東京裁判の否定とも言える不敵な行為」、「こういう立場の人物が集団的自衛権。ゾッとする」(共産党員)、「祖国の礎ではなくて、日本を破滅の淵に追いやった人間たちだろう」と、東京裁判史観を何のリテラシーも働かせずに丸呑みしたような意見が多い。だが、私も何度も書いていて、他のブログでも数えきれないほど書かれているように、日本にはもはや戦犯は存在しない。国会決議という真正面からの手続きを踏み、A、B、C級の区別なく、戦犯として処刑された方々は「法務死であって戦死者とみなす」とされている。

 戦犯と言われる人たちの定義、およびその処遇を決めたのは、後にも先にもこの国会における決議だけだ。従って、いまだにメディアがA級戦犯という言葉を使うこと自体、正当な行為とは言えない。戦犯が国会決議によって法務死とされた以上、法務によって死した先人を政治家が弔うのは当然の行為といえる。これに異を唱える場合、その発信者は日本国の立場を無視しているということになる。

 裏を返せば、朝日新聞のようなメディアにとって、戦犯は、国会決議があろうとなかろうと、絶対に存在し続けなければならないものなのだ。戦前を悪、戦後を善とする東京裁判史観は、戦後を悪とした犯人がいなければ成立しない。戦犯が存在しないとすると、叩く相手がいなくなった彼等は、拠り所を失うのである。加えて、支那や朝鮮への援護射撃が出来なくなってしまう。だから必死になるのだ。

 朝日新聞も東京裁判史観の信望者も、いわゆる戦犯と言われる人たちの法務死を撤回すべく、政治勢力を結集すればよい。やれるものならやってみろ、だ。彼等はそれを実現できないことがわかっているから、弱い犬のように吠えるのだろう。バカの壁を越えられない人たちは哀れである。

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 元朝日新聞で、朝日社内では右翼呼ばわりされていた稲垣武氏が、名著「悪魔払いの戦後史」のあとがきで、こう記している。

 進歩的文化人の論法の特徴は、正面切っては反対しにくい事柄をふりかざして、それに少しでも異議を唱える者を居丈高に断罪することだ。断罪の言葉はかつては「平和の敵」であったが、いまは「人道の敵」「人権侵害者」となっている。ここには事実に基づいた冷静で客観的な議論など望むべくもない。


 これが書かれたのは1997年で、今から17年も前だが、本質的には何も変わっていないように思う。その象徴的なイシューが「いわゆる従軍慰安婦問題」だ。朝日新聞は、「強制連行されて性的なサービスを強いられたか弱い女性たち」という従来の主張を棚に上げ、最初の報道から32年経過した今年、その検証記事において「慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質だ」と、論点を人権問題にすり替えた。朝日は、慰安婦問題を糺す人たちを「人道の敵」だと定義しているようだが、それ以前に朝日新聞は日本の敵だ。

 その朝日捏造報道の懺悔を受け、自民党の政調会が纏めた「河野談話に代わる新たな官房長官談話の発出」の申し入れ書を、昨日高市政調会長が菅官房長官に提出した。これは当然のアクションだが、自民党としてまず片付けるべきは、河野洋平ら、捏造派の国会招致である。前例がないなどという、国民にそっぽを向く議論を平気でしているのが自民党だが、それなしで「新談話を」と要請したところで、政府は動けない。従って、菅長官は新談話に否定的な態度を示したと報道されているが、現段階では無理からぬ対応だと思われる。

 朝日の32年にわたる捏造は、いまや日本全国に広く知れ渡ることになった。だが、当の朝日新聞は謝罪を拒否して抗戦の構えを見せ、他の核心的主役である河野洋平、福島瑞穂、植村隆らは、まだ国民の前でひと言も喋っていない。この連中のいずれかの言質ひとつとれば、全員の過去30年は音を立てて瓦解する。そもそも辻褄の合わないことを「人権という感情論」で押し通して来た人たちだ。綻びはすぐに出る。それを、個別の非難合戦ではなく、国民の前で見せることが重要だ。

 河野洋平の犯罪は、証拠のない「強制性」を独断で認めたことにある。であれば、強制性を全否定してやればよい。恰好の材料は、福島瑞穂だ。

池田信夫blog: 慰安婦問題はいかにして脱線したか (抜粋)

最初は身売りしたと証言していた金が、なぜ法廷では「連行」と証言するようになったのか。誰が嘘を教え込んだのか。福島氏が口裏を合わせたのではないか――議院証言法違反に問える証人喚問で、彼女にこれを質問し、訴状と法廷証言の矛盾を追及すれば、疑惑の核心に迫れる可能性がある。


 普段はあまり意見が合わない池田信夫氏が、こと慰安婦問題に関してはかなり男前のブログを連発している。福島瑞穂の犯罪性は、池田氏も纏めて国会招致すれば、一日にして明らかになる。

 新談話は必ず必要になるものだ。だが、新談話の発信力・説得性は、河野談話の前提を完膚なきまでに崩すことによってこそ備わるものだ。朝日新聞が誤報を認めた今、稲垣氏の云う「冷静で客観的な議論」ができる環境が整いつつある。今まで名誉を棄損されてきた国民として、河野洋平はもとより、朝日新聞、福島瑞穂、植村隆の証人喚問を求めたいし、それを受けて立てない自民党は、国民の負託を受ける政権政党としては落第だと考える。

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 朝日新聞の8月5日、6日の記事が大不評だ。当然である。朝日新聞は誤報に関しては謝罪していないし、捏造という指摘に対しては真っ向否定している。この問題については今後もしつこく書くが、今日は別な角度から、この新聞の不誠実さを「検証」してみる。題材は、朝日新聞が2002年12月に掲載した、「『北朝鮮拉致報道』 四半世紀の家族の願い 朝日新聞はどう伝えたか」という「検証記事」だ。

 まず、相次ぐ失踪者の謎を最初に拉致として記事にしたのは、産経新聞の1980年1月7日の1面トップ「アベック3組ナゾの蒸発」で、ここで初めて、半疑問形ながら、「外国情報機関が関与?」と書いた。それまでは、失踪者は拉致ではなく、「密出国」と見做されていたのだ。ところが朝日は、2002年12月の検証記事においてこう書く。

 77年11月10日の朝日新聞社会面トップに、こんな見出しの記事が載った。
「三鷹市役所の警備員 工作船で北朝鮮へ 懐柔?日本人では初 能登半島から密出国」
 筆者は、当時社会部で警備員久米裕さん(当時52)が、都内の男によって北朝鮮に送りだされたことを伝えた。
 日本人が北朝鮮に最初に連れ去られたことを全国に伝える、おそらく初めての記事だった。


 この文章を読めば、拉致問題を最初に報道したのは朝日新聞だと、読者は勘違いをしてしまう。「密出国」と書きながら、「拉致を報ずる初めての記事」だ。朝日は、よりにもよって検証記事で、産経の手柄を見事に横取りしたのだ。

 朝日の拉致問題報道の検証では、朝日がこのイシューに対して如何に積極的だったかということが明らかになって行く。笑ってしまうのは、次の文章だ。

 証言内容の裏付けが取れない状況で、日々の出来事をその日のうちに記事にするためには、事実関係を押さえつつ、確かな情報だけを客観的に書くしかない。記者が表現を選び慎重に書いたことが、紙面の抑制的な扱いにつながったともいえる。
 家族会の全国集会や代表者が首相と面会した時などの際、記事が目立たないこともあった。
 当時、支援団体には「拉致問題解決のため、北朝鮮に強い態度で臨むべきだ」として、外務省や一部政治家を「拉致問題より、日朝国交正常化やコメ支援を優先している」と批判する声が強かった。批判対象には、朝日の論調も含まれていた。
 集会で、参加者の一部から「朝日出てこい」と怒声があがることもあった。


 拉致被害者の方にとっては真剣な問題だから、「笑ってしまう」というのは失礼かもしれない。私が笑ってしまうのは、朝日の報道姿勢に、誰もが容易く見破ることができるダブルスタンダードがあるからだ。

 慰安婦報道については、朝日はどう報じたのか。彼等は、「証言内容の裏付けもとらず」、「事実関係を押さえず」、「不確かな情報を極めて主観的に書いた」のではなかったのか。だから、慰安婦報道は誤報となり、いま世間を騒がせているのだ。そんな慰安婦報道は、紙面を抑制的に扱うどころか、デマを積極的に垂れ流したのである。慰安婦報道と拉致問題報道は、時期が重なる。同じ社会部で、こうも扱いが違うのだ。

 朝日は抑制的に書いたのではない。書かなかったのだ。朝日は伝統的に、北朝鮮に対しては宥和的なメディアである。北朝鮮の「我が国は地上の楽園」「労働者の天国」というプロパガンダを積極的に垂れ流したのは、他ならぬ朝日新聞である。そのような背景もあり、拉致問題に関しては常に消極的だったのだ。97年2月に産経が朝刊で横田めぐみさんのスクープを報じ、各社は夕刊で追っかけ報道をしたが、朝日はベタ記事すら載せなかった。その後も拉致事件と言わず、拉致問題という言葉を使い続けた。

 そういう鬱憤が、特に拉致被害者家族の方々、その支援者の方々には大きかったのだろう。横田滋さんは、朝日新聞の紙面で、朝日をこう批判した。

 朝日新聞は拉致問題の扱いが少なく、被害者の立場にあまりたっていない感じがした。コメ支援の記事は大きく載るが、拉致問題の集会は小さい。人権を強調しているのに、朝日新聞は拉致という人権問題をあまり取り上げなかった。
 99年8月31日朝日新聞の「『テポドン』1年の教訓」と題する社説に「日朝国交正常化交渉には、日本人拉致疑惑をはじめ、障害がいくつもある。」とあった。私は「拉致問題で騒いでいる私たち自身が、交渉の障害となっているかのようにとられる」などと抗議文を送り、親の代から購読していたのを中止した。


 その横田さんの批判に対し、村松副主幹(当時)はこのように答えている。

 北朝鮮の国家的犯罪を私たちも憎みます。「障害」という表現によって私たちの思いが十分伝わらなかったかもしれません。家族のお気持ちを傷つけたとすれば、残念です。

 交渉のなかで問題解決を、という朝日新聞の主張は、交渉のために拉致問題を棚上げにしていいということではなく、むしろ逆に、北朝鮮という特異な体制を相手に拉致問題を打開するには日朝交渉が大きな手がかりになるという判断があってのことでした。「障害」という表現も、乗り越えなければならない、つまり解決されなければならない課題という意味を込めたものです。


 障害とは、「さまたげること。また、さまたげとなるものや状況」のことだ。「障害」が解決されなければならない課題という村松副主幹の言葉は、誰が読んでも詭弁である。そしてここでも、朝日新聞は「残念です」とは書くが、「お詫びします」とは書いていない。

 こういう新聞なのだ、朝日は。検証などという作業ができる新聞社ではない。彼等がいう検証とは、「如何に事態を取り繕うか」、「如何に頭を下げずに済ませるか」、「如何に責任を回避するか」という発想の具体的表現である。その社としての姿勢は、拉致報道でも慰安婦報道でも、見事なまでに一致しているのだ。恐らく「吉田証言」報道の問題でも、政府が調書を後悔した後、同じ道を辿るだろう。

 このような腐りきった会社に、自社による検証など不可能だ。第三者機関を作り、徹底的に調査しなければ、また新たな誤報、歪曲、捏造が世に出てしまう。本当かどうかは知らないが、嘘を発し続けた朝日新聞を相手取る訴訟の話も出ているるようだ。朝日の退路は断たれているのだ。そろそろ、一切合財、懺悔してしまってはどうか。


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