← 応援クリック、ありがとうございます。

 読売新聞の報道によれば、ASEAN7カ国で行った世論調査において、「最も信頼できる国」として日本がトップだったという。外務省の委託を受けた香港の調査会社がインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、ミャンマーの18歳以上の国民を対象に行った調査で、サンプル数は2144。サンプル数が少々少なすぎる気もするが、間違いなく光栄な結果である。ちなみに「最も信頼できる国」とう設問での2位は米国で16%。以下、支那は5%、南鮮は僅か2%。

ASEAN7カ国 最も信頼できる国
ASEAN7カ国の「最も信頼できる国」、日本33%でトップ

 同じ調査で、 「ASEAN諸国にとって現在重要なパートナーはどの国か」との質問に対しては、1位が日本で65%、支那の48%と米国の47%が続く。2008年の前回調査では1位が支那だったというが、首位の逆転は、支那の力による領海拡張への抵抗感と、安倍首相の価値観外交の成果だろう。安倍政権が掲げる積極的平和主義については、「アジア地域の平和維持に役立つ」と肯定的な評価をした人が9割に上ったという結果から見ても、まず間違いない。

 新聞記事は短いので、外務省が発表したデータが網羅されているわけではない。興味深かったのは、ASEAN諸国における日本の国連常任理事国入りへの同意が全体で81%にのぼり、特にベトナムの91%、フィリピンの87%など、支那の軍事的拡張に直接的に脅かされる国で、圧倒的に高い数値を示していることだ。

日本の国連常任理事国入りへの同意が81%
調査結果詳細はこちらから。
外務省:ASEAN7ヵ国における対日世論調査(結果概要)
・図解(PDF) ・詳細結果データ(PDF

 概ね、良い結果が出ている。前回調査の2008年は、日本では福田政権~麻生政権の時代である。麻生元総理も「自由と繁栄の弧」を掲げたが、麻生さんはリーマンショックからの経済再建と国内政局に忙殺され、外交的手腕を発揮することが難しかった時代だ。安倍政権の価値観外交は、その「自由と繁栄の弧」の踏襲だが、高支持率と野党の不甲斐なさによって、外交に重きを置く活動が可能になった。殺人的なスケジュールをこなしながら、ASEAN諸国との対話を重ねて行くことで、支那の軍事的拡張に対する周辺国の懸念を期待感に変えることができたのだ。これは、外交戦における心理的勝利と言っても良いだろう。

 もっとも、この結果は政治・外交だけの結果とは言えない。日本企業の活動も、ASEANの信頼を勝ち取る要因のひとつだ。全ての企業だと言い切るわけではないものの、日本企業は概ね、現地で労働者を隷属化させず、一緒に働き、一緒に汗をかき、喜びも分かち合う。技術の発展にも協力的で、産業の育成にも関与する。そのようなことが積み重なり、信頼を得ているのだと聞く。これが支那の企業となると、まず労働者を本国から連れて行き、その次に現地労働者を雇う。だから労働者の間にも不協和音が生まれるのだが、雇用する企業側は現地労働者を単なる労働力と見做すため、現地の産業の将来など露も考えない。南朝鮮の企業が現地労働者に対して威張りくさるのは有名だ。

 そして、日本に対する信頼を根底から支えているのが、大東亜戦争におけるアジア諸国の独立支援だろう。朝日新聞やNHKなどのサヨクメディア、進歩陣営などが盛んに「日本はアジア諸国に悪い事をした」と主張しているが、当のアジア諸国が日本を最も信頼し、最重要パートナーであると答えているという矛盾に対し、いまだに説得力のある解説を聞いたためしがない。

 犯罪者を逮捕しても、被害者がその犯人を信頼し、友達だと主張すれば、裁判すら開く必要はない。日本を犯罪者に仕立て上げるサヨクのプロパガンダは、もう終わりにして欲しいものだ。


関連記事


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、バナーのクリックをお願いいたします。

人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

(※記事の内容に直接関係ないコメント、トラックバックはご遠慮させていただく場合があります。)
外交 | コメント(2) | トラックバック(0)
← 応援クリック、ありがとうございます。

 南朝鮮の旅客船セウォル号沈没の悲劇は実に痛ましい。一般客、修学旅行生と教員ら、計475人のうち、いまだ半数以上が行方不明となっている。親族の待機所である珍島の様子は、さながら阿鼻叫喚である。日本を含む諸外国が援助の意向を表明しているが、南鮮は概ね自力での対応を決断したようだ。被災者救護よりメンツを選んだと、当局に批判が集まるのは無理からぬことだろう。珍島の体育館を訪れた朴槿恵には罵声が飛んだと言うが、朴の体育館訪問は、我等の天皇陛下の大震災避難所ご訪問と同じシナリオでは進行しなかった。

朴槿恵@珍島

 世界でも極めて自尊心が高い国として知られる南鮮。この事件そのもの以外に、メディアの誤報に次ぐ誤報、船長の無責任な脱出、遅々として進まぬ救出活動は、南鮮民族のプライドを相当傷つけたようだ。東亜日報は社説で、事故を「後進国型事故」と断じ、事故発生の4月16日を「安全国恥の日」とすべきで、「恥ずべき国を次世代に引き継がせてはならない」と書いている。中央日報はより自虐的だ。

【社説】韓国は「三流国家」だった (中央日報)

 この超大型災難の前で、私たちは「安全政府」に対する期待と希望までが沈没してしまった、もう一つの悲しい現実に直面した。世界7位の輸出強国、世界13位の経済大国という修飾語が恥ずかしく、みすぼらしい。木と草は強風が吹いてこそ見分けることができるという。一国のレベルと能力も災難と困難が迫った時に分かる。韓国のレベルは落第点、三流国家のものだった。あたかも初心者の三等航海士が操縦したセウォル号のように、沈没する国を見る感じであり、途方に暮れるしかない。私たちの社会の信頼資産までが底をつき、沈没してしまったも同然だ。この信頼の災難から大韓民国をどう救助するのか、いま政府から答えを出さなければならない。(以上、抜粋)


 南鮮メディアが自虐の記事を書くのは極めて珍しい。南鮮という国は、いわば、民族としてのプライドで成り立っている国である。自国内でプライドを涵養するだけなら「勝手にどうぞ」なのだが、手法として反日を頻繁に利用するがために、当然ながら日本側の反発が強くなる。セウォル号は「日本の船」で、修学旅行は「日帝の残滓」という意見も出ているようだ。自尊心を満たすための反日利用というメカニズムが明らかに存在するわけだが、この手法を三流国家のそれとして自覚する感受性や客観性を、彼の民族に期待しても無理だろう。

 25日には、オバマが訪韓する。オバマには、戦争記念館での献花、朝鮮王朝王宮の景福宮で韓国文化を体験、夕食会などというメニューが組まれているようだが、このような状況下で賓客をもてなすということが、果たして今の南鮮に相応しい行動なのか、もう少し良く考えてみるべきだろう。この日程が発表されたのは19日。事故の3日後である。事故はオバマには一切関係ないが、恐らく談笑しながらの夕食会の光景を見た被災者親族や自国民がどのような感情を持つか、少しの想像力を働かせればわかることだ。オバマ訪韓をキャンセルする勇気が朴にあれば・・・と思うのだが。

関連記事


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、バナーのクリックをお願いいたします。

人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

(※記事の内容に直接関係ないコメント、トラックバックはご遠慮させていただく場合があります。)
外交 | コメント(6) | トラックバック(0)
← 応援クリック、ありがとうございます。

 日本のメディアは、安倍政権になってから日中、日韓のバイの首脳会談が未だに実現していないと、盛んに言い立てている。理由は単純で、相手国が会談の前提を作ろうとし、安倍首相がそれを拒否しているからだ。支那や南鮮との首脳会談は、行われたほうが良いに決まっている。だが、日本が妥協してまでやる必要は全くない。こんな単純なことを、日本のメディアはどうして分からないのだろう。恐らくその理由のひとつが、支那や朝鮮に対しては、他国との外交以上の価値を求めようとする心情主義である。

 今からおよそ一世紀も前に、日本は支那への投資に大失敗している。「西原借款」と言われるものだ。これは、大正初期の寺内内閣の時に重用された西原亀三という人物が画策した支那に対する借款で、西原が寺内首相と勝田主計大蔵大臣を説き伏せ、当時の金で一億五千万円もの巨額を投資し、その8割にあたる一億二千万円を焦げ付かせたという一件である。

 その大失敗した支那への投資について、西原はそれを「王道主義」と言った。「権利義務を支持主張するに非ずして、誠意を主一とする精神の発露による」ものであり、その「交盟友厚は、まず両国民の意思を疎通し両国の経済的融合揮一をもってその主義とし、いわゆる外交の形式を避けて真に日支親善の実をとり、史上の権利を強奪する如き態度を改めて、相互の権利に基き両国ともに益し、両国民の福祉を結合一致せしむるべきものだ」という言説をぶったのである。西原のこの主張は、とりもなおさず、日本と支那の関係は権利、義務を主張し合う関係であってはならず、渾然一体の同士でなければならないというものだ。

西原亀三
西原亀三

 百年も前のことをだと言って片付けるのは容易い。だが、こういう外交姿勢というのは、相手が支那や朝鮮である場合、ひとつの伝統的な価値観でもあるのだ。ついこの間まで政権に就いていた民主党の外交は、思想的には西原亀三に近い。社民党など伝統的に親中であり、二国間で何があっても責任は日本にあることになってしまう。自民党だって人の事は言えない。あの宮澤喜一は、佐藤栄作の「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国の戦後は終わらない」という名文句を真似して、「天皇の訪中が終わらなければ、戦後は終わらない」と言っていたらしい。そしてその「天皇御訪中」を本当に実現させてしまった。

 どうも日本人は、同じモンゴロイドの支那、朝鮮が相手であれば、「話せばわかる」と伝統的に思っている節があるが、そういった思想が外交から基軸を失わせることになる。外務省は交渉をする機関であるから、一層その思想が強いように感ずる。だが、話せばわかるというのはひと言でいえば妄想で、民族として質が全く違うのだ。最近の傾向から見れば、話せばわかるというより「話すごとにわからなくなる」相手と言っていい。

 福沢諭吉が脱亜論を書いたのは1885年である。亜を脱するということだから、それまでの日本に親亜という思想があったということだろう。素晴らしい論文ではあるが、現代の日本にもこの親亜という思想、心情は残っている。サヨクの政治家、進歩的文化人、反日メディア等々、一般国民よりも情報発信側にその傾向が強い。

 ODAだって、日本は経済援助と主観的に位置付けてはいるが、相手は戦後賠償だと思っている。だから、借りても貰っても、返さなくて一向に構わないと考えている。今までの日本政府は、日本海の向こうに、湯水の如く金を送り続けてきたが、その金はもともと国民の金だ。特亜に対する心情主義は、国民にとって甚だ迷惑なものなのだ。

大空白の時代
参考文献: 江藤淳著「大空白の時代

関連記事


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、バナーのクリックをお願いいたします。

人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

(※記事の内容に直接関係ないコメント、トラックバックはご遠慮させていただく場合があります。)
外交 | コメント(16) | トラックバック(0)
← 応援クリック、ありがとうございます。

 つい2ヶ月ほど前、カナダが富裕層を対象とした移民制度「投資家移民制度」を撤廃したことが話題になった。この制度は160万カナダドル(1億5千万円)の資産を持ち、政府認可の投資案件に80万カナダドル(約7,500万円)を無利子で5年間融資した外国人に永住権を付与するというシステムで、制度を利用した支那人移民の待機リストは46,000を数えたという。

 カナダは、人口が3,400万人ほどしかいないが、国土の広さで言えばロシアに次ぐ世界第2位。実は支那よりも広い。いくら広大に広がる寒冷地があるとはいえ、それを差っ引いても土地は余っているはずだ。歴史的にも新しい国で、主権国家としての独立は1931年。ついこの間のようなものだ。国家の主な構成員は、米国同様、移民から成り立っている。従って、移民の扱いには慣れているはずなのだが、そのカナダにして、「いくら金を持っていてもお断り」なのである。締め出しターゲットは、明らかに支那人だ。

投資家移民制度

 この制度がスタートしたのは1986年だが、今までのおよそ28年間に約13万人の投資家移民を受け入れている。そのほとんどが支那人だ。だが、制度の悪用は支那人の常套手段で、グローブ・アンド・メールというカナダの新聞によれば、「この20年間、投資移民が納めた税金の平均額は家政婦の納税額より少ない」ことに加え、「2011年に行われた調査では、申請時の添付資料を偽造していた投資移民が全体の8割以上を占めるという疑惑も浮上した」という。日本におけるナマポ問題を知っている我々日本人にとっては、まさにデジャヴだ。

 こういう類の移民が日本に入ってきた場合、日本はどうなるのか?端的に言えば、勤勉で正直な日本人が、手厚い福祉や行政サービスを求めて“安直に”やって来る移民のために、せっせと働かせることになりかねない。カナダで税金を納めないのは支那の富裕層なのだ。金は持っているが、人や共同体のために使うという発想などないのである。

 支那の富裕層の実態を物語る記事がある。Yahooに掲載され、アクセスも多かったようだから読んだ方も多いと思うが、極めて興味深い内容なので、ちょっと長いがそっくりそのまま引用する。

中国人CAが「1万メートル上空で見た国民の素質」…強国への道はまだまだ長い―中国ネット (XINHUA.JP)

中国メディア・新週刊は4月10日、中国人客室乗務員(CA)による「1万メートル上空で見た国民の素質」と題した文書を「推薦文書」として中国版ツイッターで紹介した。

文書は、エミレーツ航空に勤務している中国人CAが経験した話で「嘘や誇張は一切ない」と断って始まる。

冒頭で紹介されるのは、CAたちに最も人気があるフライトが日本行きの便であること。理由は「日本人は礼儀正しく、秩序正しく、誰も呼び鈴を押さないし、苦情を訴えない」「経験者はみな日本の礼儀、日本の寿司、日本の大通りや路地、日本の清潔さを愛するようになる」ためだ。このため、日本行きの便は希望してもなかなか搭乗できないという。

逆に、簡単に搭乗できるのは中国行きのフライト。理由は中国人CAが少ないうえに、外国人CAにも人気がないためだという。そして、北京からドバイに飛んだあるフライトの経験を紹介する。

その便は、中国のある大企業の社員旅行で、飛行機をチャーターした上に40軒以上のホテルやアブダビのテーマパーク「フェラーリ・ワールド」を3日間借り切り、総予算が数億ディルハム(1ディルハム=約28円)という豪華なツアーだ。中国人CAは内心で「外国人CAたちに、中国の本当の金持ちをみせてやる!」と喜んで搭乗した。しかし、それが「私にとって有史以来、最も腐ったフライト」になってしまう。

まず、離陸直後、乗客に提供する食事や飲料の準備をしている最中に、すでに十数人が座席で呼び鈴を押す。それらはゲームの使い方を聞いたり、お湯を要求したり、食事までの時間を聞いたりといったつまらない用件だった。その後、以下のような出来事が起きる。

「1人のおばさんに呼ばれた。おばさんは『子供が腹が減ってすぐ食事する必要がある』というので、食事は今温めている最中であることを説明し、30分後に提供できることを伝えた。でも、おばさんは4、5分ごとに呼び鈴を押したり、通り掛かった私のスカートを引っ張り、『もう子供はご飯を食べて寝なきゃいけない』『食事しないで寝たら胃が痛くなる』などと言う。先にビスケットを持ってこようかと提案すると、おばさんは『ちゃんとした食事じゃなきゃダメ』と言う。食事が出来上がり、真っ先にこの子に持って行くと、おばさんに『なぜ私の分がないの?』と聞かれあきれ果てた。その後、おばさんはキッチンに来て、『料理が辛い』と交換を要求した。余分な食事がないことを伝えてもしゃべり続ける。見かねた上司が状況をはっきり伝え、おばさんはやっと席に戻った。彼女の可愛い子どもは、その後何時間も楽しくゲームで遊んでやっと眠った」

「大勢の乗客は食後、ディナーのプレートが座席にあるのを嫌がり、床のいたるところはプレートだらけになった。同僚の中国人CAは、1人の女性客にプレートを床に投げ捨てられ『拾えば?』と言われた。非常口の前の空間には、十数組のプレートが積み上がった。私は乗客にプレートを拾ってもらおうと台車を押して歩いたが、ある乗客は目を閉じて寝たふりをした。1人の女性客は私がまだ3、4列前にいる時から『早く持って行って!』『遅すぎ!プレートがあったらどうやって眠ればいいの!』と叫んでいた。そして、さっきのおばさんは2枚のプレートをキッチンに持って来て、置き場がないことが分かると床に投げ捨てた」

「食事の後はトイレに行列ができた。揺れが強くなってシートベルト着用ランプが点灯したため、英語と中国語で座席に戻るよう放送した。だが、3回放送しても一人も席に戻らなかった」

これらのエピソードを紹介した後、筆者の中国人CAは「留学時代に外国人CAに軽蔑されて不快に思ったが、あれは偏見や嫉妬ではなかった」と中国人乗客のマナーを嘆く。そして「自分が目の黒いうちに、中国も日本のように秩序や礼儀が世界に認められるといいね」と同僚に話をしたら「生きてるうちは無理」と返されたことを紹介。

最後は「強国への道はまだとても長い」とまとめている。


 日本にも昔「成金(なりきん)」という言葉がよく使われた時代がある。もともとは将棋用語だが、俄かに金を持つようになった者を表することばで、多くの場合は蔑みの意味で使われた。だが、日本の成金など可愛いものだ。支那の成金は、金を持ってひけらかすだけではなく、金が他を支配するための道具だと考えているわけだ。勿論、これらの人々が典型的な支那の富裕層だと断定するつもりはない。だが、例え一部だとしても、日本人の理解を超えている。

 貧困層や難民の受け入れとは次元が全く異なるが、こんな裕福で不道徳な人たちを移民で受け入れるのは、まっぴらごめんである。移民反対は排外主義だとどこかの莫迦が書いていたが、移民は権利などでは決してない。いま存在しない権利を俎上に載せ、それに反対する者を叩くのでは、筋が通らない。

shibazono_2013_0018b.jpg
東京DEEP案内より

 私は川口市の芝園団地を、この目で見て知っている。全2400世帯のうち3分の1の800世帯が支那人で、その辺りを歩くと、ここが日本だということが信じられなくなる。芝園団地の支那住民も、元はといえば留学生が多いのだ。日本に次の芝園団地は要らない。

東京DEEP案内

関連記事


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、バナーのクリックをお願いいたします。

人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

(※記事の内容に直接関係ないコメント、トラックバックはご遠慮させていただく場合があります。)
外交 | コメント(5) | トラックバック(0)
← 応援クリック、ありがとうございます。

 この人物は本当に日本のパスポートを所持しているのか?勿論所持しているのだろうが、そのこと自体が信じられない思いだ。しかも桐花大綬章という勲章まで受賞している。勲章どころか、国籍自体を剥奪してもらいたいぐらいである。

国賊、河野洋平
国賊という肩書きが最も似合う男

 その人物こそ河野洋平だ。河野が支那に渡り、中共の汪洋副首相との会談し、汪洋の日本政府批判という内政干渉を受けながら「申し訳ない」と謝罪してきたという。以下がその記事だ。

河野洋平氏、中国の内政干渉に謝罪 藤岡教授「河野談話も含めて最悪」 (Zakzak)

 河野洋平元衆院議長が、また売国外交を展開している。中国の汪洋副首相との会談で、内政干渉である日本政府批判を散々言われながら、「申し訳ない」と謝罪してきたのだ。河野氏が1993年、ずさんな調査のまま慰安婦募集の強制性を認めた「河野談話」については今週19日、早期撤廃を求める国民大集会が開かれるが、いつまで日本を貶めるのか。

 河野氏は15日、会長を務める日本国際貿易促進協会の中国訪問団として、北京で汪氏と会談し、日中の経済協力などについて意見交換した。

 汪氏は冒頭、「先生は中国人民の古い友人であり、長期にわたって中日両国の友好協力推進に心血を注いでこられた」と河野氏を絶賛し、日本の安倍晋三政権について、こう語り始めた。

 「今の日本の為政者には戦略的、長期的な認識が欠けている。中国やアジアの人民に不愉快なことをしており、それが中日の経済にも悪影響を与えている」「中国政府は日本の為政者と経済界を1つに見ているわけではない。日本の国民も同様だ」

 こんな理不尽な言い分はない。

 中国は沖縄県・尖閣諸島に艦船を連日侵入させ、東シナ海に一方的に防空識別圏を設定するなど、「反日」強硬路線を取り続けている。これらは民主党政権時代から続いており、安倍政権が理由ではない。汪氏の発言は内政干渉であるうえ、日本の指導者と経済界、国民にクサビを打ち込む分断工作といえる。

 ところが、河野氏は反論もせず、村山談話を踏襲している日本政府の基本姿勢を説明し、「(中国で)疑念が出てきたことは申し訳ないが、今後も戦後の秩序が崩れないよう懸命の努力をするので、ぜひ信頼してほしい」と応じたのだ。

 「『河野談話』の早期撤廃を求める国民大集会」(19日午後6時半から、東京・池袋の豊島公会堂)にも登壇する、拓殖大学の藤岡信勝客員教授は「どうして、こんな政治家が出てくるのか。『売国奴』という言葉以外、見当たらない」といい、続ける。

 「相手に何を言われても、迎合して緊張から逃避する姿勢は、日本国内で一般の人がするならまだいいが、国際社会で国家指導者や政治家がすれば国家の独立や名誉は守れない。河野氏は『日本の政治についてはご論評に及びません』と内政干渉をはね付けるべきだった。『河野談話』も含めて最悪のパターンだ」


河野洋平と汪洋副首相

 政治家なら村山富市と河野洋平、鳩山由紀夫ら、メディア関係ならば若宮啓文、文化人であれば大江健三郎、学者であれば和田春樹あたりが、特亜から好まれる日本の人材である。支那も南鮮も日常的に反日報道を行っているが、こういう者たちを使うことにより、対日批判に権威付けをするのだ。こういう者たちの側も、現地に招かれては、まるで自ら買って出るように日本の悪口を言い晒す。そういった行為が支那や南鮮のプロパガンダへの加担であることは誰にで容易に理解できるのだが、当の本人たちの日本悪玉史観は最早宗教化しているようでもある。

 殊更河野洋平という人物について言えば、河野談話の正当性が根底から崩れた今でも、彼は産経他のメディアに対し、取材拒否を貫いているという。言うまでもなく、河野が談話を発信したのは自身が公務にあったときである。公務のひとつとして為した仕事について、私人になったから口をつぐむというのは何の理由にもならない。彼は公務を国民に説明する責任を、いまだに有しているのである。支那に渡り、要人と面談し、その時の言葉がメディアに載るということを、彼は当然ながら意識していたはずだ。そもそも、外国の要人に何かを言う前に、彼は日本国民に対して説明をする責任があるのだ。

 政府が河野談話の検証を非公開で行い、今国会の会期末に取りまとめるとの報がある。これはひとつの大きな前進になりえるが、一方、結果を公開した後の議論を封ずる意図での会期末公表ということであれば、これも何をか言わんやである。産経新聞のスクープ以降、今まで日本と日本国民を貶めてきたこの談話に対し、真実を公表せよとの国民の要請が高まっている。長い日本の歴史の中で考えれば、宮沢および村山政権はほんの一瞬存在しただけである。しかし、それら政権が存在した期間をはるかに超える長期に渡り、国と国民が否定されているのだ。

 河野談話の検証と、踏襲・破棄の判断は、必ずしもシンクロするものではないだろう。だが、政権は、検証結果を踏まえた国民に対し、議論の機会を与えるべきである。その国民的議論が高まるとき、河野洋平は果たして逃げ通せるのか?

関連記事


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、バナーのクリックをお願いいたします。

人気ブログランキングへにほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

(※記事の内容に直接関係ないコメント、トラックバックはご遠慮させていただく場合があります。)
政治 | コメント(4) | トラックバック(0)
 | HOME | Next »